上咽頭擦過療法

上咽頭擦過療法…。
ほとんどの人は聞いたことがないと思います。
上咽頭を擦過(こする)、療法? その程度の想像だと思います。

でもその通りです。これはその名の通り、上咽頭を綿棒でただ擦るだけの治療です。
薬をつけますが。
以前はBスポット治療と呼ばれていました。

今回はこの上咽頭擦過療法について書きます。

上咽頭

すでに何度もでてきました。
上咽頭の場所です。

図1 上咽頭

http://www.jshnc.umin.ne.jp/general/index.html

上咽頭 nasopharyngeal space は鼻咽腔(びいんくう)と言います。

Bスポット療法のBは「びいんくう」のBです。(1984年、上咽頭擦過療法の本が出版されるとき、編集者が読者のインパクトを狙ってつけた名前らしいです。)

現在では、上咽頭擦過療法(Epipharyngeal abrasive therapy)と呼ばれており、海外にはこの名称で論文が出されています。
頭文字を略してEATと呼ばれます。

咽頭扁桃

上咽頭には咽頭扁桃(アデノイド)があります。

咽頭扁桃は、鼻咽腔関連リンパ組織(nasopharyngeal associated lymphoid tissues, NALT)と呼ばれるリンパ組織です。

鼻腔の奥、ヒトの吸気がいちばん初めに粘膜に突き当たり、咽喉頭へと降りていく直前の部位。ここに咽頭扁桃があります。

咽頭扁桃は、小児ではアデノイドとして肥大し、成人になり退縮してもリンパ濾胞として残ります。

このリンパ濾胞が、さまざまな免疫応答を起こすとされています。

上咽頭擦過療法とは?

上咽頭を1%塩化亜鉛を塗布した綿棒でつよく擦(こす)る。
この治療を1週間に1-2回、続けます。
単純な治療です。

治療期間は症状の改善をみながら決めます。
平均的に3ヶ月-9ヶ月。6ヶ月で効果判定を行います。

いつ誰が始めたの?

かなり昔から耳鼻咽喉科に伝わる、伝統的な治療です。

2人の耳鼻咽喉科医師、故山崎春三先生(大阪医科大学 初代耳鼻咽喉科学教授)と、故堀口申作先生(東京医科歯科大学 初代耳鼻咽喉科学教授)が、この上咽頭擦過療法を数多く行なってその優れた治療効果を確かめられたと報告されています。

堀口申作教授の1966年の論文が残っています。

上咽頭擦過療法は、上咽頭慢性炎症に対する局所療法です。
以前は経験医学の側面があり、上咽頭擦過療法が何故これほど効果があるのか科学的に証明することが困難であった事実もあったようです。

しかし現在では、分子生物学を基盤にした免疫学の著しい進歩とともに、精度の高い内視鏡による上咽頭の詳細な観察が容易になり、多くの部分が医学的に証明されています。

擦過(さっか)の方法は?

上咽頭への綿棒でのアプローチは、解剖学的に2つです。
鼻からのアプローチ口からのアプローチです。鼻からは鼻用の直綿棒で、口からは巻綿子(けんめんし)という曲がりの太い綿棒で擦ります。

写真1 上咽頭擦過療法

https://jfir.jp/chronic-epipharyngitis/
(認定NPO法人日本病巣疾患研究会JFIRのHPより引用)

私個人は巻綿子を好んで使用します。
擦過の強さのコントロールが容易で、幅広くしっかり擦れるからです。

もちろん、口からの巻綿子の治療が抵抗がある方は、鼻からの綿棒で治療を行います。
両者を併用する場合もあります。

擦過は強めに擦(こす)ります。
塩化亜鉛を塗る感覚ではなく、塩化亜鉛で “擦る” 感覚で。
綿棒に血がつくくらいに。
すこし痛い、いやかなり痛いです。

じつはこの「綿棒処置で出血する」ことが非常に重要です。
とくに初回治療時に綿棒に血がついて痛いと治療効果が期待できる、と言われています。
上咽頭の炎症が高度であった証拠だと考えられるからです。
もちろん出血がなくても効果がみられることはじゅうぶんありますので、心配しないでください。

出血は綿棒についてすこし痰に混じるくらいですが、痛みは数時間続くことがあります。

上咽頭の観察が必要です

初診時にファイバースコープで上咽頭を詳しく観察します。

上咽頭に炎症があるか(上咽頭炎)、上咽頭粘膜の充血、浮腫、リンパ濾胞腫脹、出血、痂皮の付着、粘性分泌物、後鼻漏の有無、等です。

稀に上咽頭嚢胞トーンワルト(Tornwaldt) 病などがあります。
上咽頭腫瘍の鑑別には細心の注意を払います。

擦過の適応は?

内視鏡による上咽頭の観察で、上咽頭に何らかの炎症や粘膜の異常があれば、症状と合わせて治療適応を判断します。


上咽頭擦過療法(EAT)の対象となる症状は、
かなり幅広い領域に及びます。

上咽頭炎の症状
鼻とのどの間の痛み、違和感、乾燥感
鼻の症状
痰がからむ、鼻から喉へ流れる(後鼻漏)
喉の症状
喉の痛み、喉の奥の痛み、
喉の違和感(イガイガする)、
喉のつまった感じ、乾性咳(せき)
耳の症状
耳閉塞感、耳管開放症の症状
痛みの症状
頭痛、頭が重い、耳痛(耳の下の痛み)、頬部の痛み、歯痛、歯の知覚過敏
頸部の症状
肩こり、首こり
自律神経の症状
全身倦怠感、慢性疲労症候群、微熱
めまい、起立性調節障害、
胃痛、過敏性腸症候群(腹痛、下痢)、
記憶力、集中力の低下、ブレインフォグ、
むずむず脚症候群
表1 EATの対象となる症状

凡そ不定愁訴と思われる症状に対しても、ときどき効果を認めることがあります。

当院でEATを行う場合、大きく次の2つの場合があります。

上咽頭炎を認める場合には、上咽頭炎に対する治療としてのEATを行います。

上咽頭炎以外の疾患や症状のとき、

まず初めに症状がある部位の器質的疾患(何かある病気)をしっかり診断してその治療を行います。

器質的疾患が見られない場合、また正常であるとき(機能的疾患、何かはっきりした治療対象がない疾患)、通常の治療を行なって効果が見られない場合などに、上咽頭炎の存在や上咽頭粘膜の異常をともなうとき、患者さんの希望によって治療的診断の一環として治療を開始することがあります。


近年、新型コロナウイルス感染症後の慢性疲労などの後遺症に対して、この上咽頭擦過療法が効果があるとの報告があり、治療が見直されてきています。(後述します。)

擦過の効果は?

非常に効果を認める症例もあれば、あまり効果が認められない症例もあります。

耳鼻咽喉科医の間で60年間、世代交代しながら伝統的に実施されてきた治療方法です。
どのような症例に対して確実な治療効果が期待できるのか、また症状ごとに何%くらいの効果がみられるのか、正確な統計やデータの集計がなされていないため不明です。

私個人はあくまで上咽頭炎に対する必要な治療の一環として行なっていますが、結果的にその他の症状が著しく改善してくることがある、という印象を受けています。

新型コロナ感染症後遺症

新型コロナウイルス感染症後の後遺症に対しては、現在有効な治療方法が少ないため、この上咽頭擦過療法(EAT)の治療効果が期待されています。

ただ新型コロナ感染症後遺症に対する効果も、現時点で長期のデータがないため数字での有効性を示すことはまだできていません。

擦過で何が起こるの?

じつに様々な症状が改善します。
先に書いた症状に対しての治療効果が期待できます。

上咽頭炎の症状
鼻とのどの間の痛み、違和感、乾燥感
鼻の症状
痰がからむ、鼻から喉へ流れる(後鼻漏)
喉の症状
喉の痛み、喉の奥の痛み、
喉の違和感(イガイガする)、
喉のつまった感じ、乾性咳(せき)
耳の症状
耳閉塞感、耳管開放症の症状
痛みの症状
頭痛、頭が重い、耳痛(耳の下の痛み)、頬部の痛み、歯痛、歯の知覚過敏
頸部の症状
肩こり、首こり
自律神経の症状
全身倦怠感、慢性疲労症候群、微熱
めまい、起立性調節障害、
胃痛、過敏性腸症候群(腹痛、下痢)、
記憶力、集中力の低下、ブレインフォグ、
むずむず脚症候群
表1 EATの対象となる症状 (再)

擦過で何故よくなるの?

上咽頭擦過療法を行うとどうしてこれらの症状が改善するのでしょうか。
100%の理由はまだわかっていませんが、少なくとも次の3つの効果はあることが指摘されています。

図2 EATの効果発現機序

https://jfir.jp/chronic-epipharyngitis/
(認定NPO法人日本病巣疾患研究会JFIRのHPより引用)

EATの効果発現機序は以下の3つです。

塩化亜鉛の組織収斂作用、抗炎症作用による上咽頭の炎症の鎮静化。
上咽頭に投射する迷走神経を刺激することによる自律神経系への作用と迷走神経・炎症反射を介した抗炎症作用。
上咽頭擦過に伴う瀉血による上咽頭うっ血状態の改善を介した脳脊髄液・リンパ路・静脈循環の改善。

EATが効果を発現する理由について記載することは、
咳、後鼻漏、頭痛、咽頭違和感、微熱などの改善は①と関連します

自己免疫疾患の改善には①と②が関与します。

自律神経障害などの機能性身体症候群の改善には②と③の機序が関与します。
(同HP本文より引用)


EATによって生理学的に何が起こるのか。”
EATが純粋な経験医学の世界から発展してきた治療法であることを考えると、個人の経験や考えだけでその理由を記載することは躊躇されました。そのため、この項はEATについて詳しく記載している「認定NPO法人 日本病巣疾患研究会 JFIR」のHP から、敢えて多くの文章や図をそのまま転載しました。

認定NPO法人 日本病巣疾患研究会 JFIR
https://jfir.jp/chronic-epipharyngitis/


EATの効果発現の理由はまだ100%解明されている訳ではありません。綿棒で上咽頭を擦過するとなぜ劇的な症状の改善を生むのか、非常に興味深い点があります。

個人的な意見ですが2点だけ確かだと思えることがあります。

1つは、上咽頭には迷走神経と舌咽神経が走行しています。綿棒の刺激によってこれらの神経が活性化されると頭頸部だけでなく全身の症状に効果があることは容易に想像できます。迷走神経が関与する消化器症状の安定、心拍数の安定、血圧の安定、睡眠リズムの安定、起立性調節障害(立ちくらみ)の安定、精神の安定などです。

2つめは上咽頭には咽頭扁桃があることです。扁桃を直接刺激する治療ですから、何らかの免疫応答があっても全く不思議ではありません。

経験医学の是非

現代は経験医学よりエビデンスを重視する傾向があります。その是非はここで論じるつもりはありませんが、上咽頭擦過療法(EAT)に関しては、60年前に経験医学を基に確立された耳鼻咽喉科治療について、現代の最新の分子生物学を駆使した科学的解明が今追いつこうとしている段階だと思っています。

当院での治療

当クリニックは上咽頭擦過療法(EAT)を実施している医療機関です。
現在、新型コロナ感染症後遺症に対するEATを実施しています。

ご興味がある方はお問い合わせください。
お問い合わせは、お電話または来院時に。

コロナの後遺症で…動けない (イメージです)

 

院長 定永正之

定永正之(さだながまさゆき)
耳鼻咽喉科医師・耳鼻咽喉科専門医

先代から50年、宮崎県宮崎市で耳鼻咽喉科診療所を開業。一般外来診療から手術治療まで幅広く耳鼻咽喉科疾患に対応しています。1990年宮崎医科大学卒。「治す治療」をコンセプトに日々患者様と向き合っています。土曜日の午後も18時まで外来診療を行っていますので、急患にも対応可能です。
https://www.sadanaga.jp/

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