嗅覚 -その2- -嗅覚が鈍くなるのは何故か?- -嗅覚障害の診断と治療は?-

嗅覚 -その1- に続きます。
前回は、嗅覚のメカニズムについて、基礎医学的な内容をお伝えしました。
今回は、臨床的な話です。

嗅覚がない

目が見えにくくなっても、耳が聴こえなくなっても、すぐに気がつきます。しかし、嗅覚は違います。嗅覚は、5感の中でも最も意識しない感覚と言えるでしょう。そのため、嗅覚に異常があってもすぐには気がつかないことも多く、受診が遅れがちになります。

嗅覚障害には大きく2つあります。
嗅覚低下と嗅覚脱失です。

嗅覚低下は、嗅覚が低下しているもの。
嗅覚脱失は、嗅覚を全く失ったものです。
この他、さまざまな匂いに異常に敏感になり、少しの匂いでも不快に感じる症状の嗅覚過敏、良い匂いが悪臭に感じたり、全く違う匂いに感じてしまう嗅覚錯誤(異臭症)などの疾患もあります。
異臭症は、何の匂いを嗅いでも、焦げ臭い匂いや、ガソリンの匂いに感じてしまう不快な疾患です。

嗅覚障害の検査は?

ほとんどの症状は、嗅覚の低下または脱失です。
検査は、「嗅覚障害診断ガイドライン」(日本鼻科学会)に定められた検査を行います。

基準嗅覚検査、鼻内視鏡検査、CT、必要があれば、アレルギー検査(血液検査)、鼻腔通気度検査などです。まず、鼻内視鏡検査で、鼻腔の奥、嗅裂、上鼻道周囲を徹底的に観察します。鼻中隔わん曲がないか、嗅裂が狭くなっていないか、ポリープや膿性鼻漏はないか、など。アレルギー検査も重要です。鼻づまりがあると、嗅裂まで空気が到達しないからです。副鼻腔炎があるかどうかは、レントゲンではなくCTで診断します。嗅裂、後部篩骨洞の病変はレントゲンでは写らず、正確に診断できないことが多いからです。嗅覚検査は、時間をかけて、丁寧に行います。

嗅覚検査には、匂いがわかるが何の匂いかわからない検知閾値と、何の匂いかわかる認知閾値があります。最も普及しているのは、T&T オルファクトメーターです。

濃度が10倍ごとに濃く設定された(5.4.3.2.1.0.-1.-2)、5種類の匂い物質A.B.C.D.Eを浸したにおい紙(0.7×14cm)の先端を基準臭溶液に1cmだけ浸して、片方の鼻腔の前で本人に匂いを嗅いでもらいます。反対側の鼻には綿花をつめて、匂いが嗅げないようにしておきます。

基準臭A バラの花の匂い、軽くて甘い匂い
基準臭B 焦げた匂い、カラメルの匂い
基準臭C 腐敗臭、古靴下の匂い、汗くさい匂い、納豆の匂い
基準臭D 桃のカンヅメ、甘くて重い匂い
基準臭E 糞臭、野菜くずの匂い、口臭、いやな匂い

ただし、基準臭A-Eは、全て特定の化学物質です。実際のバラの匂いではありません。
例: 基準臭A = β-フェニルエチルアルコール

基準臭5種類(A-E)×8濃度(-2〜5)で、合計最大40回の検査を左右行います。濃度はかならず、低い濃度から検査します。A-Eそれぞれに検知閾値、認知閾値を測定します。特殊な換気ダクトの下で検査室が無臭の状態を作り、検査を行います。1人20分以上時間を要する検査ですが、匂いの検査としては、これ以上評価できるものはありません。

嗅覚検査には、もう1つ、信頼できる検査があります。静脈性嗅覚検査です。これは、ビタミンB1製剤のアリナミンを静注して、その刺激臭(ニンニク臭)を感じるかどうか、感じれば静注から何秒で匂いを感じたか、何秒間匂いが継続したか、を調べる検査です。
静注されたアリナミンは、一瞬で肺を通過し、ここで拡散して呼気中に出てきます。これを鼻腔後部から匂うことができるかどうか、の検査です。鼻づまりの影響を受けず、嗅粘膜が正常に近く反応するかどうかを検査します。アレルギー性鼻炎や鼻中隔わん曲症、慢性副鼻腔炎などで、嗅覚脱失に近いときも、この静脈性嗅覚検査で、匂いを感じることができれば、個人差はありますが、嗅覚は回復する可能性があります。

基準嗅覚検査について、米国、欧州では、早くからプラスチックボトル型、スティック型の検査やマイクロカプセル型、紙を擦って検査するものなど、いろいろな検査方法がありました。日本国内では長く、T&T オルファクトメーターが普及していましたが、生活様式の変化にともない、カラメル、桃のカンヅメ、野菜屑、古靴下など、毎日の生活であまり嗅いだことがないか、よく知らないものがあることから、日本でも最近、マイクロカプセルをスティック状にした「においスティック」、マイクロカプセルをカード式にした「 Open Essence 」などが、開発されています。

嗅神経や頭蓋内疾患による嗅覚障害の診断には、MRIも必要です。

嗅覚障害の診断は?

嗅覚の障害部位によって、簡単に、

呼吸性
嗅粘膜性
嗅神経性
中枢性

の4つに分かれます。

①呼吸性は、アレルギー性鼻炎や鼻中隔わん曲などで、鼻閉がつよく、呼吸による空気が嗅粘膜に到達できない場合。

②嗅粘膜性は、慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎などで、嗅粘膜が障害を受けている場合。

①②をあわせて、鼻の病気が原因で嗅覚障害が起きている例です。嗅覚障害全体の60%です。

③嗅神経性は、感冒によるウィルス感染やある種の薬剤(抗がん剤)などにより、嗅細胞や嗅神経が障害を受けている場合。
感冒後嗅覚障害が多く、15%です。

④中枢性は、頭部外傷、脳腫瘍、脳梗塞や、アルツハイマー病やパーキンソン病などで嗅神経を含む脳神経が障害を受けている場合。

上記のハイライト部分、

慢性副鼻腔炎、感冒後ウィルス感染、頭部外傷の3つが、嗅覚障害の3大原因と言われています。

その他、先天性の嗅覚障害があります。
全身疾患を伴わない非症候性、性腺機能不全を伴うコールマン症候群、クラインファルター症候群などです。

加齢による老年性嗅覚障害は、意外と見過ごされています。
人は加齢によって、嗅粘膜上皮の面積が減少し、嗅覚受容体の数も減少します。

嗅覚は、男性では60歳代、女性では70歳代から有意に減退し、65歳以上では、14%が明らかな嗅覚障害をきたしていたと報告されています。また、80歳以上では、75%が高度の嗅覚障害を起こしているとの報告があります。
また、自覚症状はなくても、50歳代から徐々に嗅覚閾値は低下しているとの研究報告もあります。嗅覚の低下は自覚しにくいだけに、注意が必要です。

アルツハイマー病、パーキンソン病の初期症状としての嗅覚障害は有名です。他の神経症状より早く、嗅覚障害だけが出現することも珍しくありません。加齢にともなう嗅覚低下も起こりうる年齢のことが多いだけに、そのほかの神経症状がないか、慎重な判断が望まれます。

治療は?

嗅覚障害の治療は、前記①-④の原因によって、大きく違います。

①呼吸性は、手術(鼻中隔矯正術下鼻甲介手術)などによって、鼻腔通気を十分に改善すれば、かなり回復が望めます。

②嗅粘膜性は、慢性鼻炎、慢性副鼻腔炎の内服治療を行いながら、ステロイド点鼻を継続して行うことで、回復の可能性があります。あわせて、ビタミン剤、漢方薬も効果的です。慢性副鼻腔炎が高度な場合は、手術治療(ESS)などで回復することもあります。 

③嗅神経性は、ステロイド点鼻治療が中心になります。点鼻治療を継続しながら、ビタミン剤、漢方薬などを内服します。

④中枢性は、アルツハイマー病やパーキンソン病、脳腫瘍、脳梗塞などは、その疾患の治療を行います。頭部外傷後は、③と同様にステロイド点鼻治療と内服治療を継続します。

①呼吸性、②慢性副鼻腔炎などが原因であるときは、嗅覚の回復は良好です。
しかしながら、③感冒後ウィルス感染や、頭部外傷後などでは、治療効果は高くなく、50%程度にとどまるとされています。

おわりに

匂いは、人生を豊かにしてくれます。
匂いは、何気ない日常生活の中で、喜びや感動を増やしてくれます。
人間の5感のなかでも、目立たず、それでいて、しっかりと一生を支えてくれている感覚。
みなさん、嗅覚を大切にしましょう。
そして、その大切な嗅覚がおかしいときは、すぐに、お近くの耳鼻咽喉科へ直行してください。

アロマの精油の匂い (イメージ)
コーヒーの匂いを楽しむ女性 (イメージ)

院長 定永正之

定永正之(さだながまさゆき)
耳鼻咽喉科医師・耳鼻咽喉科専門医

先代から50年、宮崎県宮崎市で耳鼻咽喉科診療所を開業。一般外来診療から手術治療まで幅広く耳鼻咽喉科疾患に対応しています。1990年宮崎医科大学卒。「治す治療」をコンセプトに日々患者様と向き合っています。土曜日の午後も18時まで外来診療を行っていますので、急患にも対応可能です。
https://www.sadanaga.jp/

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