抗菌薬とは、何でしょう。
「細菌を殺す薬でしょ。」
「感染症に飲むんだよ。」
でも、抗菌薬っていったい何で、どんなふうに効くのか、知っていますか?
今回は、聞きなれた「抗菌薬」について、書きました。
抗菌薬って何?
感染症学の教科書では、「細菌の増殖抑制や殺菌作用があるもの。」となっています。
抗菌薬と似た名称で、「抗生物質」があります。では、抗菌薬と抗生物質は同じでしょうか。
じつは、少しだけ違います。
抗菌薬には、細菌または真菌に由来するものと、人工的に合成されるものがあります。厳密には、「抗生物質(antibiotics)」は細菌または真菌に由来する抗菌薬のみを指す用語ですが,しばしば「抗菌薬(antibacterial drug)」の同義語として一般に使用されています。
抗生物質は、自然界の細菌やカビから作られた薬剤なのです。抗菌薬は、人工的に作られた薬剤も含みます。
抗菌薬は、なぜ効くの?
では、抗菌薬はなぜ効くのでしょうか。
その前に、細菌とは何かについて知る必要があります。
細菌とは何?
細菌は、生物です。
すべての生物は、3つのドメインに分類されます。この3つは、古細菌、細菌、真核生物です。地球上のすべての生物は、この3つのどれかに分類されます。
真核生物は、動物、植物、菌類、原生生物など、身体を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる細胞小器官を有する生物です。(図3)
これに対して、古細菌と細菌は原核生物と呼ばれ、細胞内にDNAを包む核(細胞核)を持たない生物のことを言います。(図1 図2)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E7%B4%B0%E8%8F%8C
古細菌は、細胞膜の外側に細胞壁があります。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%8F%8C
細菌は、細胞膜(membrane)の外側に細胞壁(wall)があり、さらに外側に莢膜(capsule)があります。DNAは剥き出しで細胞内に存在していて、細胞核はありません。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E6%A0%B8%E7%94%9F%E7%89%A9
真核生物は、細胞膜で包まれ、細胞内にはさまざまな細胞小器官(核、ミトコンドリア、粗面小胞体、リボゾーム、ゴルジ体)が存在します。
図4は大腸菌です。これは細菌です。
細菌と真核生物の細胞は、大きさも違います。代表的な真核生物の細胞、人の細胞は、直径0.01 mm、細菌の直径は、0.001 mm です。細菌は1/10 です。
参考までにウイルスの直径は、0.0001 mm で、細菌のさらに1/10 です。ウイルスは、核酸とカプシドがエンベロープという殻に包まれています。
細菌と人の細胞の違いの1つは、人の細胞は細胞膜に包まれているだけですが、細菌は細胞膜の外側に細胞壁があることです。じつはこれが、抗菌薬の標的になるのです。
抗菌薬はどこに効く?
抗菌薬は、3つに分類されます。
- 細胞壁合成阻害薬
- 細胞膜機能阻害薬
- 核酸合成阻害薬
- タンパク合成阻害薬
- 葉酸合成阻害薬
それぞれ、標的になる細菌の部位が違います。1つ1つ見ていきましょう。主となる抗菌薬の種類は、1. 3. 4. です。
1. 細胞壁合成阻害薬
細菌は、細胞膜の外側にもうひとつ細胞壁という硬い頑丈な壁を持っています。細菌は、細胞膜と細胞壁とで2重に守られています。細胞壁合成阻害薬はこの細胞壁を作る酵素の働きを妨害して、細胞壁を作らせなくするのです。防御する細胞壁が破れた細菌は死滅します。
2. 細胞膜機能阻害薬
これは、細菌の細胞膜にくっついて、膜の構造を変化させてしまう薬です。その結果、細胞膜を物質が通過する程度が大きく変化したり、細胞膜が傷ついたりして細胞の働きが妨害されます。
3. 核酸合成阻害薬
細胞が遺伝情報を伝えて生き延びるためには、DNAなどの核酸が重要です。その核酸が作られる過程を妨害して、遺伝情報を上手く引き出せないようにするのが核酸合成阻害薬です。鋳型になるDNAやDNAの複製を妨害するのがDNA機能阻害薬です。DNAを複製できなくなった細菌は、分裂できませんので、死滅します。
遺伝情報を読み取るm RNAを妨害する薬もあります。
4. タンパク合成阻害薬
細菌の生存には、タンパク質が必要です。m RNAがタンパク質の遺伝情報を読み取って、細胞の中のリボゾームという場所でタンパク質を合成します。細菌と人の細胞では、リボゾームのタンパク質やRNAなどが違っています。タンパク合成阻害薬は、細菌のリボゾームにくっついて、タンパク質を作るのを妨害します。タンパク質が合成できないと細菌は死滅します。
5. 葉酸合成阻害薬
核酸やアミノ酸などを作るとき、補酵素として絶対に必要とされる葉酸が合成できないようにするのが、葉酸合成阻害薬です。細菌は増殖ができなくなります。
抗菌薬の細菌に対する作用は、上の1-5がありますが、実際に使用されている抗菌薬は、主として1. 細胞壁合成阻害薬、2. 核酸合成阻害薬、3. タンパク合成阻害薬、の3つです。
抗菌薬の種類
抗菌薬が、どうして細菌を死滅させたり、増殖を抑制するのか、わかりました。
それでは、抗菌薬にはどういう種類があるのでしょう。主として使用される3つの阻害薬について書きます。
細胞壁合成阻害薬
β-ラクタム系抗菌薬
グリコペプチド系抗菌薬
ホスホマイシン系抗菌薬
核酸合成阻害薬
ニューキノロン系抗菌薬
キノロン系抗菌薬
サルファ剤
タンパク合成阻害薬
アミノグリコシド系抗菌薬
クロラムフェニコール系抗菌薬
マクロライド系抗菌薬
テトラサイクリン系抗菌薬
リンコマイシン系抗菌薬
オキサゾリノジン系抗菌薬
抗菌薬はすごく種類が多くて、どの抗菌薬がどこに効くのか、理解しずらいですね。そこで代表的な抗菌薬である、ペニシリン系とセフェム系抗菌薬について、すこし詳しく書きましょう。
ペニシリン系 セフェム系
ペニシリン系、セフェム系抗菌薬は、どちらもβラクタム系抗菌薬です。βラクタム系抗菌薬は、細胞壁合成阻害薬ですね。
ペニシリン系抗菌薬は、図5のような構造をしています。
ペニシリン系抗菌薬では、βラクタム環に付随するのは5員環です。側鎖Rを化学的に修飾すると、合成ペニシリンが生成可能になります。
セフェム系抗菌薬は、図6のような構造をしています。
セフェム系抗菌薬では、βラクタム環に付随するのは6員環です。側鎖も2つあり(R1, R2)、化学的に修飾可能です。
ペニシリン系、セフェム系抗菌薬は、細胞壁合成阻害薬です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%97%E8%8F%8C%E8%96%AC
ペプチドグリカン
細菌の細胞壁は、グラム陽性菌、陰性菌ともに、ペプチドグリカンという構成成分を持っています。とくにグラム陽性菌は、細菌内部の圧が高く、細胞壁に存在するペプチドグリカンが細菌の高い内部圧を抑えて、細菌が破裂しないようにしています。したがってペプチドグリカンが存在しない細胞壁では、細菌は容易に破裂して死滅してしまいます。
ペプチドグリカンは、細胞壁の主要成分であり、別名、ムレインとも呼ばれています。
ムレインモノマー、PBP
細菌の強固な細胞壁は、ムレインと呼ばれます。これは、ムレインモノマーと呼ばれる2つのアミノ糖と10個のアミノ酸の単体が、まるでレンガの壁のように並んで頑丈に構成されています。ムレインモノマーは、グリコシルトランスフェラーゼ (GT) と呼ばれる酵素とペニシリン結合タンパク質 (PBP) と呼ばれる酵素の働きによって既存の細胞壁へ架橋されます。つまり、GTとPBPは、ムレインモノマーの接着剤の役目をしているのです。
この接着のとき、PBPは、ムレインモノマー分子中に存在する、D-アラニル-D-アラニンに接着します。すなわち、PBPは、D-アラニル-D-アラニンと接着することによって、ムレインモノマー同士を結びつけ、レンガのような強固な細胞壁を作っているのです。
ペニシリン系、セフェム系などのβラクタム系抗菌薬は、D-アラニル-D-アラニンと非常に良く似た構造をしています。そのため、PBPは、本来くっつくはずのD-アラニル-D-アラニンではなく、βラクタム系抗菌薬にくっついてしまいます。その結果、細胞壁を強固にしている、ムレインモノマー同士が接着できなくなり、細胞壁が脆弱になるために、細菌は内圧で破裂し、死滅してしまいます。
これが、ペニシリン系、セフェム系抗菌薬が細菌を死滅させるすべてのストーリーです。
β-ラクタム系とバンコマイシンはPBPの作用を阻害しますが、ホスホマイシンは細胞内でのムレインモノマー合成を阻害します。
他にも、個々の抗菌薬の作用機序を1つ1つ書いていくと、多くのページが必要です。
まず、代表的な抗菌薬である、ペニシリン系、セフェム系抗菌薬の細菌に対する作用機序を、ここで理解してください。
βラクタム系
βラクタム系抗菌薬は、全世界で最も普及している抗菌薬です。アメリカ合衆国で処方される抗菌薬の65%は、βラクタム系です。このうち半分がセフェム系抗菌薬と言われています。
したがって、抗菌薬の作用の半分は、理解していただけると思います。
何が重要?
抗菌薬について、多くの情報を書いてきました。結局、何が重要なのでしょうか?
重要なことは、
「人の細胞に障害を与えずに、細菌だけを死滅させる抗菌薬が、薬としての理想である」こと。
そしてそれは、
「細菌と真核生物である人の細胞との構造と機能の違いを、じつに上手に利用した方法である」こと。
これは、抗菌薬にとどまらず、医学の理想かもしれません。
フレミング
抗菌薬の話で、最後に触れたい話題です。
多くの方がすでにご存知の、あのアレクサンダー・フレミングのペニシリン発見のエピソードです。
ペニシリンは、スコットランドの医師で細菌学者、アレクサンダー・フレミングによって、1928年に発見されました。その素晴らしいストーリーは、私ではなく、ぜひこちらからお読みください。