難聴とは?
難聴とは、“聞こえにくいこと” です。
医学的には、聴覚が低下した状態のことです。
難聴には2種類あります。今回は、2種類の難聴について書きたいと思います。
難聴は2つ
-伝音難聴と感音難聴-
難聴には2種類あります。
1つは伝音難聴、もう1つは感音難聴です。
3番目の耳小骨であるアブミ骨より左側の障害による難聴を伝音難聴、右側の内耳(緑色🟩)の障害による難聴を感音難聴と言います。
この2つの難聴について話す前に、すこし聴力の話をしたいと思います。
音の伝わり方
音は空気の疎密波(そみつは)です。
空気の密な層と疎な層が交互に繰り返し連続して空気中を伝わります。
音は鼓膜を振動させ、鼓膜の振動は中耳の耳小骨に伝わり、増幅されて3番目のアブミ骨の振動が内耳の蓋の部分を振動させて、内耳(図1の緑色部分🟩)のリンパ液を振動させます。
音の伝わり方で、鼓膜と耳小骨の振動から内耳に音が伝わるルートを気導と言います。
一方、音は鼓膜の振動を介さずに内耳に直接伝わります。音は頭蓋骨を共鳴現象で直接振動させます。頭蓋骨の振動は骨の部分だけを伝わって内耳のリンパ液を直接振動させます。
これを骨導と言います。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Bone_conduction
気導はヘッドホンをつけて直接測定できます。骨導は耳の後ろの硬い骨の部分(乳様突起)にレシーバーを接着して測定します。
聴力は2つ
気導聴力と骨導聴力
難聴が2種類あるように、聴力も2種類あります。1つは気導聴力、もう1つは骨導聴力です。
先に書いたように、気導は鼓膜と耳小骨の振動から内耳に伝わります。骨導は、頭蓋骨の振動が直接内耳に伝わります。
なので、気導聴力は普通に音を聞くときと同じようにヘッドホンで測定できます。
骨導聴力は、頭蓋骨の一部で最も耳に近い乳様突起(耳の後ろの硬い骨)にレシーバーを当てて測定します。
みなさんが耳鼻咽喉科の外来を受診したとき、難聴の症状があれば、純音聴力検査を行います。
純音聴力検査は、ヘッドホンを耳にあてて測定する気導聴力と、耳の後ろの固い骨の部分にレシーバーをあてて測定する骨導聴力を、それぞれ左右の耳で測定します。
聴力検査は、左右それぞれの気導聴力と骨導聴力を合計4つ測定しているのです。
何故4つ測定するのか?
それは、私たちはいつも気導聴力と骨導聴力を合わせて聞いているからなのです。
聴力の単位は、音圧(デシベル, db)で表します。
オージオグラム 正常耳
左右の気導聴力、骨導聴力を1枚の紙に書き写したものを、オージオグラム(audiogram)といいます。
オージオグラムは、縦軸が聴力レベル(dB)、横軸が周波数(Hz)でプロットされています。
この1枚の紙から、聴力に関して非常に多くの情報が得られます。
ここでよく見てほしいのは、図2のオージオグラムで、
右耳の気導○と骨導[ (赤色🟥)
左耳の気導✖️と骨導 ](青色🟦)
の値にほとんど差がないことです。
正常な耳では、このように気導の値と骨導の値が全く同じであることが特徴なのです。
正常な耳では、伝音難聴はありませんから、気導−骨導= 0 だからです。
これについては、後でまた述べます。
その前に、気導、骨導とは、一体何を測定しているのでしょう?
まず、このことについて、もう少し理解してください。
気導聴力と骨導聴力
では、気導聴力と骨導聴力は一体何を表しているのでしょう?
ここでは、以下の説明が少しでも理解しやすくなるように簡単に、
気導聴力=鼓膜と耳小骨の聴力
骨導聴力=内耳の聴力
左右の耳に気導聴力と骨導聴力があります。左右で4つです。気導聴力と骨導聴力は、音が内耳に伝わるルートが違います。
と大きく考えておいてください。
伝音難聴=気導−骨導
伝音難聴=気導−骨導 (dB)
いま、内耳が聴こえる最小の音が30dbと仮定します。
気導聴力はヘッドホンで測定します。
音は、外耳道→鼓膜→耳小骨→内耳と伝わります。(図1, 図2)
外耳道から内耳までの間で、音の減衰がなければ、ヘッドホンの30dbの音は内耳でも30dbとして聴こえます。
骨導聴力はレシーバーで測定します。
音は、頭蓋骨から内耳へ直接伝わります。骨導聴力はほとんど減衰しませんので、レシーバーの30dbの音は内耳でも30dbとして聴こえます。
いま、内耳の聴力(骨導聴力)が30dBであると仮定します。
ヘッドホンから30dBの音が出ていて、鼓膜と耳小骨を通して内耳に伝わって音として聴こえています。(気導聴力)
レシーバーから30dBの音が出ていて、骨を通して内耳へ直接伝わって音として聞こえています。(骨導聴力)
このとき、気導聴力も骨導聴力も同じ30dbと測定されますね。
そうです。正常耳では、気導聴力=骨導聴力なのです。
でもこのとき、ヘッドホンの30dbが内耳で聞こえなかったら、どうでしょう。
それは、鼓膜と耳小骨を伝わるときに音が減衰して小さくなるからです。例えば中耳炎で鼓膜が破れていると考えてみましょう。鼓膜に伝わる音は30dbですが、鼓膜がやぶれているのでうまく振動しません。鼓膜より向こうに伝わる音は30dbより小さくなります。30dbより小さくなった音は内耳では聞こえません。内耳の聴力は30dbだからです。
では、どうすれば内耳で30dbに聞こえるでしょうか。それは、ヘッドホンの音を例えば60dbに上げたときです。60dbの音は、鼓膜と耳小骨で減衰して小さくなり30dbになって内耳へ伝わります。この時初めて、内耳は30dbの音を感じることができます。
このとき、ヘッドホンからは60dbの音が出ています。
ヘッドホンの聴力=気導聴力
レシーバーの聴力=骨導聴力
ですので、この患者さんの聴力は、
60db=気導聴力
30db=骨導聴力
になります。
この鼓膜と耳小骨で減衰する聴力:
気導聴力−骨導聴力(=30db)=伝音難聴といいます。
気導を Air Conduction
骨導を Bone Conduction
と呼びますので、
気導-骨導 = AB gap
(エアボーンギャップ)と言います。
気導聴力−骨導聴力=伝音難聴
伝音難聴=0 (正常のとき)
一方、内耳の聴力そのものが低下すると、レシーバーの音圧を上げないと内耳で音が聞こえないのでレシーバーの聴力が上昇していきます。仮にレシーバーの音圧を60dbにしないと聞こえないとき、内耳の聴力は60dbです。
レシーバーの聴力=骨導聴力なので、骨導聴力=60db。これは内耳の聴力です。
骨導聴力=感音難聴
すこし複雑だったと思います。実際は、反対側の耳の聴力が邪魔をするので、マスキングをしますが、今回は省略しています。まずは原則をしっかり理解してください。
気導聴力=ヘッドホンから聴こえる音
骨導聴力=レシーバーから聴こえる音
正常では気導聴力(A)=骨導聴力(B)
伝音難聴=気導聴力−骨導聴力
感音難聴=骨導聴力 (内耳の聴力)
これらは、聴力の公式みたいなものです。
何か、数学みたいですね。
オージオグラム 伝音難聴
ここで、伝音難聴のある耳では、オージオグラムはどのようになるでしょうか?
伝音難聴があるオージオグラムは、図3のようになります。
https://resoundjp.com/wp-content/uploads/2021/02/左1.png
これは右耳の気導、骨導を示すオージオグラムです。何度も言いますが、正常耳では気導=骨導ですので値に差はありません。そのため、気導 ○ と骨導 [ は同じ直線上に並びます。もう一度、図2を見てください。
図2のオージオグラムで、右の気導、骨導の値に差がありません。
正常耳では、気導聴力と骨導聴力は同じです。そのため、図2のオージオグラムで、
右気導(赤🟥○)と右骨導(赤🟥[ )に差がありません。
左気導(青🟦 × )と左骨導(青🟦 ])に差がありません。
くどいですが、もう一度図3を見てください。
右気導 ○ と右骨導[ に差がみられますね!
伝音難聴がある耳では、気導が骨導より大きくなりますので、上のオージオグラムに示されるように2本の線に分かれてしまうのです。(図3)
逆に2本線に分かれるとき、伝音難聴があると言えます。
したがって、1つのオージオグラムでは、伝音難聴がある聴力か、伝音難聴がない聴力かの2つしかないのです。
では、伝音難聴があることは、一体どんな意味を持つのでしょう?
何のために伝音難聴を調べるの?
いろいろ複雑なことを書いてきましたが、何のためでしょうか。伝音難聴は、一体どんな意味をもつのでしょうか。
じつは、聴力検査の目的は、大きく2つあるのです。
1つは、どちらの耳が(または両方の耳が)どれだけ聴こえが悪いかを正確に調べること、
そしてもう1つは、それが伝音難聴か感音難聴かを調べること、です。
先に話したように、感音難聴は、内耳の聴力です。突発性難聴やメニエル病、外リンパ瘻などの疾患で難聴が起こったとき、骨導閾値を正確に測定して、ステロイド薬を投与します。
また、老人性難聴に対しては、加齢によるもので聴力の回復が望めないため、補聴器装用の適応を考えます。
これらは基本的に感音難聴です。感音難聴は薬物治療の対象になります。上記のうち、外リンパ瘻だけは手術治療の適応になることがありますが、それ以外は薬物治療を選択します。
伝音難聴は違います。
伝音難聴は、鼓膜、耳小骨など音を伝える仕組みに異常があるのです。これからが重要です。
鼓膜、耳小骨の異常は、鼓室形成手術という外科治療で治すことができるのです。手術には、難易度の低いものから高いものまでありますが、手術治療の対象になることには変わりありません。
一言で言うなら、「感音難聴は、内耳の難聴なので手術できないが、伝音難聴は、中耳の難聴なので手術治療ができる」ということです。
これは難聴の患者さんにとって、治療可能な選択肢をもつことができることを意味します。
すなわち、治療方針が違うのです。
鼓室形成手術
2、3例をあげてみます。
(イラストや図でないのでわかりにくいですが、当院の症例です。)
症例1 60歳 女性 左耳
写真1は、左耳の伝音難聴のオージオグラムです。
左気道と左骨導に大きな差(AB gap)がみられます。AB gap は30-60dBです。
写真2は、写真1の左耳手術後のオージオグラムです。( 鼓室形成手術 (アブミ骨手術) )
左耳の気導、骨導値の差(AB gap)が小さくなっているのがわかると思います。
(まだ少しAB gap が残っています。)
症例2 73歳 女性 右耳
写真3 は、右耳の伝音難聴のオージオグラムです。
右気道と右骨導に聴力の差(AB gap=20-35dB)がみられます。
写真4は、写真3の右耳手術後のオージオグラムです。( 鼓室形成手術 (アブミ骨手術) )
右耳の気導、骨導値の差(AB gap)が小さくなっているのがわかると思います。
(AB gap が低中音域ではほぼ0になり、高音域では少し残っています。)
症例3 67歳 女性 右耳
写真5は、右耳の伝音難聴のオージオグラムです。
右気道と右骨導に聴力の差 (AB gap=15-40dB)がみられます。
写真6 は、写真5の右耳手術後のオージオグラムです。( 鼓室形成手術 (耳小骨再建術) )
右耳の気導、骨導値の差(AB gap)がかなり小さくなっているのがわかると思います。
(1周波数のみAB gap が10dB残り、他の周波数はAB gap が0になっています。)
このように、伝音難聴は、手術治療(鼓室形成手術)によって聴力を回復させることができることが理解できたと思います。
手術で治せる難聴
伝音難聴と感音難聴の区別が重要なのは、患者さんの治療に直結するからです。
伝音難聴がすべて手術の対象になるわけではありません。しかし、手術できない感音難聴に比べて、治療選択が確実に1つ増えます。
治療という側面から見たとき、手術治療の選択肢があるのとないのでは、患者さんからみると雲泥の差があります。
聴力検査の目的の1つは、この手術治療の選択肢を探しだすこと、見つけて患者さんに教えてあげること、と言っても過言ではないかもしれません。
(鼓室形成手術)
どうすれば?
何故、伝音難聴と感音難聴の診断が重要なのかを理解していただけたと思います。
でも、患者さんのサイドからは、いったい自分の難聴は伝音難聴なのか感音難聴なのか、知るよしもありませんね。でもそれは簡単に知ることができます。
もしあなたに難聴があれば、かかりつけの耳鼻咽喉科を受診してぜひ聴力検査を受けてください。
そして、あなたの聴力が伝音難聴か感音難聴か、尋ねてみてください。
主治医の先生が、きっと適切な治療選択、治療の可能性についてあなたに教えてくださると思います。
伝音難聴があっても必ずしも手術が必要なわけではありません。もしあなたが聴力の回復をつよく望むなら、そのとき治療選択肢の1つに数えれば良いのです。
何ごとも “知ること” は、大切なことです。
難聴について詳しく知ることで、主治医の説明の内容がより深く理解でき、あなたの治療選択もずっと豊かなものになります。