黄砂 -黄砂の何が悪いのか?- -大陸から飛んでくる砂漠の黄色い砂-

黄砂。こうさ。

すこし前からこの言葉を聞くようになりました。黄砂は、中国大陸のタクラマカン砂漠の黄色い砂のことです。

黄砂は、春先に、九州地方や西日本地方でいつも問題になります。干した洗濯ものが汚れたり、車のフロントガラスに積もったり、飛散が多い日は、遠くの視界が遮られたりもします。

しかし、黄砂の最も問題となる点は、そのことではありません。黄砂は、健康被害をもたらすことがいろいろな研究でわかってきました。

黄砂は、どこから、どのように日本へやってくるのでしょうか。そして、黄砂の一体何が問題なのでしょうか。

今回は、しばらく前から日本でも話題になっている、”黄砂” について、もう一度専門的に検証してみます。

黄砂とは? -はじめに-

黄砂は、タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠、黄土高原の3つを起源とするとされています。これらの砂漠または乾燥地帯の*砂塵(さじん)が、強風で上空に巻き上げられて、その砂塵が*偏西風に乗って数十Km、数百Kmまたは数千Km先の土地まで運ばれて、国境をはるか超えてアジアの国々の地上一面に降り注ぐのです。

砂塵=強い風などによって地表にあるちり、埃(ほこり)、砂などが空気中に舞い上がって視程をさえぎるものを風塵(ふうじん)といいます。風塵のうち、とくに砂(sand)が多いものを砂塵(さじん)といいます。濃度の高い風塵を風成塵(ふうせいじん)と呼び、黄砂は、代表的な風成塵です。

偏西風=地球の中緯度においてほとんど常時吹いている西寄りの風のことです。地球規模の温度差によって起こる風で、地球の自転の影響で常に西から東へと吹いています。高層では、偏西風は、ジェット気流となって、風速50m/秒を超えることもしばしばです。

黄砂は、日本をはじめ東アジアだけでなく、はるか北太平洋を超えて、北アメリカ大陸まで運ばれているとの報告があります。

黄砂は春に多く、飛散は東アジア全域に及びます。土地や建物が黄砂の砂塵に覆われるだけでなく、視程(大気の見通し)が極端に悪くなったり、日照(太陽光の直射)を悪化させるなどの被害も多く観測されています。

実際に日本でも、九州地方や西日本地方を中心に、黄砂の飛散によって、家屋だけでなく、屋外に干した洗濯物が汚れたり、駐車している自動車への黄砂の堆積物による被害などが、よく報告されています。

しかし、黄砂の飛散でもっとも問題になるのは、じつは、人や家畜への健康被害なのです。とくに、細かい粒子を肺の奥まで吸い込んでしまうことで起こる健康被害が深刻であることが報告されています。

黄砂は、それを吸入してしまうことで、深刻な健康被害を生じるのです。

以下の記事は、おもにWikipedia から、黄砂についての専門的な知識を引用してお借りしています。膨大な情報を読みやすくまとめたつもりです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E7%A0%82

黄砂はどこから?

黄砂は、タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠、黄土高原の3つを起源とするとされています。

タクラマカン砂漠ゴビ砂漠、黄土高原
(中国大陸の衛生画像 左から右)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E7%A0%82

タクラマカン砂漠
東西約1000km、南北約400km。面積約32万4,000km2。世界第16位の広さの砂漠です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%83%B3%E7%A0%82%E6%BC%A0

ゴビ砂漠
東西約1600Km、南北約970Km。面積約130万Km2。世界第4位の広さの砂漠です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%93%E7%A0%82%E6%BC%A0

黄土高原 (中国の華北地方)
黄土高原(Loess Plateau)は、中華人民共和国を流れる黄河の上流および中流域に広がるおよそ40万km2から64万km2の広さの高原。
日本に飛来する黄砂の主要発生地です。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Loess_Plateau

黄土高原
黄土は、0.004ー0.06 mm の、黄砂より細かい土の粒子(シルト)からなっています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E5%9C%9F%E9%AB%98%E5%8E%9F

タクラマカン砂漠は、3方を山脈に囲まれていて、盆地に位置しています。そのため、砂漠上方の風が弱くなって、多くの砂塵は浮き上がった後、再び砂漠に落ちています。高度4000m の上空まで砂塵が上がらないため、偏西風に乗ることができず、砂塵の長距離移動には適していません。

ゴビ砂漠は、なだらかで標高が高く、面積は130万Km2 と非常に広い砂漠です。南北の風が上空でぶつかり、強風が起こります。その強風は、ゴビ砂漠の砂塵を垂直に高くまで持ち上げ、偏西風に乗せて遠くまで運びます。このため、ゴビ砂漠の砂塵は黄砂の飛来に大きく影響しているとの見方があります。

黄土高原での黄河流域の黄土も多く、砂塵となって運ばれます。

どのように?

砂漠の上空 10mの平均風速が5m/sを超えると、砂塵が舞い上がり始めます。ゴビで10m/s、タクラマカン・黄土高原で6m/s以上の風が吹くと砂塵嵐によって砂が巻き上げられます。巻き上げられる砂塵の大きさは0.05mm (50 μm)以下のもので、砂漠の上空の風で巻き上げられた砂塵は、砂漠の昼間の強い上昇気流に乗って高く上がり、平均で500m-2Km の上空に漂います。巻き上げられた砂塵は上空1-2 Kmで安定して層を形成します。夜になると一部の黄砂がこれより高い空気の層、”自由大気” に入って、安定した速い気流に乗って遠くまで運ばれます。黄砂は、低気圧にかき回されながら偏西風によって流されて、日本付近では最大で上空7 – 8km までに達することがあります。

ジェット気流は、高度8-13Km の位置を吹くため、黄砂の移動には直接は関与しないと言われています。

日本では、黄砂は、発生後3-4日経ってから落下します。落下してくる黄砂の直径は4μmとの報告があります。

黄砂は、1年間に2億-3億トン発生すると推定されています。このうち、日本に落下する黄砂は、1年間に1km2あたり1-5トンと推定されています。

福岡市の面積は、341 Km2 ですから、1年間に最大1700トンの黄砂が降り注ぐことになりますね。

日本では、2月から5月の4か月間に1年間の黄砂の90%が集中しており、黄砂は7月 – 9月には、ほとんど観測されません。

黄砂の成分は?

日本に飛来する黄砂は、直径1-30μm、4μmくらいが最も多く、黄土色、黄褐色、赤褐色などに近い色をしていると報告されています。

黄砂の組成は、おもに、石英、長石、雲母、緑泥石、カオリナイト、方解石(炭酸カルシウム)、石膏(硫酸カルシウム)、硫酸アンモニウム、などから構成されています。

石英 結晶 (Quartz、クオーツ)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E8%8B%B1

石英は、二酸化珪素(SiO2)が結晶してできた鉱物です。

二酸化珪素 (別名: 石英 シリカ)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%85%B8%E5%8C%96%E3%82%B1%E3%82%A4%E7%B4%A0

長石 
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%9F%B3

長石は、地殻中に最も多く存在する鉱物で、ほとんど全ての岩石に含まれています。アルミノケイ酸塩を主成分とする構造をしていて、もちろん砂漠の砂にも多く含まれています。

雲母
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E6%AF%8D

ケイ酸塩鉱物は、ケイ酸塩で構成された鉱物の総称です。鉱物の中で最大かつ最重要のグループで、地球の地殻の約90%を占めています。

このケイ酸塩鉱物は、いくつかのグループに分かれていて、フィロ珪酸塩のグループに、雲母カオリナイト緑泥石があり、テクトケイ酸塩のグループに、石英長石が含まれています。
石英を構成する二酸化ケイ素(SiO2)、別名”シリカ”も、当然、ケイ酸塩鉱物のグループに含まれます。

方解石
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E8%A7%A3%E7%9F%B3

方解石は、別名カルサイト。炭酸塩鉱物です。炭酸カルシウム(CaCO3)で構成されています。

石膏
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E8%86%8F

石膏は、硫酸カルシウム(CaSO4)を主成分とする鉱物です。

炭酸カルシウム(CaCO3)、硫酸カルシウム(CaSO4)は、それぞれ、地殻変動で陸地に閉じ込められた海水が干上がってできる地層を構成します。

すこし専門的になりましたが、鉱物学的にみると、黄砂は、「ケイ酸塩鉱物」が中心になっていると理解できます。

実際に、黄砂の分子組成では、二酸化珪素(SiO2)が最も多く検出されています。

黄砂の大きさは?

日本に飛来する黄砂の大きさは、直径0.5-5 μmであり、4µmにピークがみられます。

タバコの煙粒子の直径が、0.2-0.5 μm、
赤血球の直径が、6-8 μm です。

赤血球(ヒト) 直径 6-8 μm
  走査電子顕微鏡(SEM)画像
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Red_blood_cell

4μm の黄砂は、かなり小さい粒子であるとわかります。

大気中を浮遊する粒子のサイズは一定ではなく、黄砂も例外ではありません。先に1-30μmと書きましたが、観測値によって違いがあります。観測されるサイズの違いは、このことも関係するのかもしれません。

黄砂は上空を浮遊しながら、大気中のさまざまな粒子を吸着すると言われています。

工業地帯と言われる都市の上空を通過した黄砂は、硫黄酸化物窒素酸化物を吸着します。大気汚染がある都市では、二酸化窒素(NO2)や、カーボン(すす、煤)を吸着して、有害な物質を吸着した黄砂になります。

黄砂の化学的分析では、日本でのある検査で、大気中の平均値に比べて、ヒ素が22倍、マンガンが13倍、クロムが7倍、ニッケルが3倍という高い数値を記録したことが報告されています。

黄砂にはそのほか、細菌(7 – 22倍)、カビ(15 – 26倍)、ダイオキシン、発がん性物質や放射性物質のセシウム137 も含有されているとの報告があります。 (通常の大気中を1倍)

このように、黄砂は、偏西風で運ばれてくる間に、大気汚染物質を含むさまざまな化合物を吸着して、純粋に鉱物由来だけではない、「エアロゾル」として、日本上空へ飛来するのです。

粒子状物質

エアロゾルは、空気中を浮遊する粒子の直径が、nm (ナノメートル)から100 μm (マイクロメートル)のものと幅広く、液体の粒子、固体の粒子を合わせたものとして分類されています。

これに対して、粒子状物質(particulate matter, PM)は、マイクロメートル (µm) の単位の大きさの固体や液体の粒子のことを言います。

粒子状物質(PM)は、黄砂や、工場や建設現場で生じる粉塵(ダスト)のほか、燃焼で生じた煤(すす)や排出ガス、石油からの揮発成分が大気中で化学変化してできる粒子、などからなります。粒子状物質という名称は、これらを大気汚染物質として扱うときに用います。

粒子状物質 (PM)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%92%E5%AD%90%E7%8A%B6%E7%89%A9%E8%B3%AA

一般に、粒子状物質と言われる、空気中を浮遊する粒子は、その種類によって、上図のような分布をしています。

黄砂は4μmですので、4μmよりも大きな物質を吸着することは考えにくく、4μmより小さくて、かつ化学反応が起こりやすい物質を吸着して、浮遊することになります。表にある1μm以下の物質は、黄砂に吸着されやすい可能性があります。

それらの吸着物質が、先に書いた、硫黄酸化物窒素酸化物であり、二酸化窒素(NO2)や、カーボン(すす、煤)であり、さらに、細菌、カビ、ダイオキシン、発がん性物質や放射性物質のセシウム137 などであるのです。

硫黄酸化物=石油、石炭など硫黄が含まれる化石燃料を燃焼させると発生します。大気汚染や酸性雨などの原因となる有毒物質です。水と反応すると、硫酸や亜硫酸を生じます。化学式からSOx と表現されます。

窒素酸化物=土壌中の微生物によって、または物質が燃焼するときに生じる一酸化窒素や二酸化窒素などのことを言います。自動車の排気ガスや天然ガスボイラー(家庭用調理ガス器具を含む)から燃焼によって排出される窒素酸化物や、石炭が燃焼するときの窒素酸化物などがあります。化学式からNOx と表現されます。

二酸化硫黄(SO2)代表的な硫黄酸化物
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%85%B8%E5%8C%96%E7%A1%AB%E9%BB%84

二酸化窒素(NO2)代表的な窒素酸化物
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%85%B8%E5%8C%96%E7%AA%92%E7%B4%A0

自動車や工場から排出される窒素酸化物の大部分は一酸化窒素(NO)であり、この、一酸化窒素(NO)は、空気中の酸素と反応して酸化され、二酸化窒素(NO2)となります。太陽光の下で、非メタン炭化水素の存在下では、この反応が著しく加速されて起こり、オゾン、アルデヒドそのほかの光化学オキシダントを生成します。

この、主としてオゾンからなる光化学オキシダントは、光化学スモッグの原因といわれており、人体への有害性が確認されています。

PM 2.5

さらに、粒子状物質(particulate matter, PM)は、粒子のサイズによって、その名称が変化します。たとえば、PM2.5は「大気中に浮遊する微粒子のうち、粒子径が2.5µm以下のもの」を言います。PM10は、粒子径が10μm以下です。

PM2.5は、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、揮発性有機化合物(VOC)等の「ガス状大気汚染物質」(図1 🟢)が、大気中での化学反応によって粒子化したものです。

PM2.5の原因は、ボイラー、焼却炉などのばい煙、コークス炉、鉱物の堆積場などの粉じん、自動車、船舶、航空機の燃料燃焼や、人為的な燃焼によるもの、が中心になっています。(自然界由来のものもあります。)

今回は黄砂についての考察です。PM2.5についての考察は、量が多くなるので次回に書きます。

黄砂の何が悪いのか?

黄砂について、理解を深めてきました。

では、一体黄砂の何が悪いのでしょうか? 何が問題になるのでしょうか?

黄砂は、砂塵による視程の不良や洗濯もの、家屋、自動車への堆積の影響もありますが、最も問題になるのは、その健康被害です。

黄砂を吸入することによる、人体の健康への影響が危惧される事実が、明らかになっています。 

黄砂の細かい砂の粒子(①)、黄砂が吸着した物質(②)、黄砂とともに飛来する化学物質(③)などによって、さまざまな健康被害が生じることが報告されています。

黄砂の鉱物組成を調べた、先の検証からも、黄砂の成分は、二酸化珪素(SiO2)が最も多く、酸化アルミニウム、酸化鉄、酸化カルシウムなどが多く検出されます。

二酸化珪素(SiO2 silicon deoxide)は、別名シリカ(silica)と呼ばれ、地殻を構成する最大の物質です。

粉末状の二酸化珪素を多量に肺に吸入すると、珪肺と呼ばれる疾患を起こすことが知られています。

一般に、ヒトの呼吸器系では、大きな粉塵(ダスト)は鼻粘膜で吸着され、小さな粉塵は気管や気管支の粘膜で吸着されて、その後線毛運動によって排除されます。

呼吸上皮(Respiratory Epithelium)
気管(Trachea)の線毛(Cilia)とその上面を覆う粘液層(Mucous Layer)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Respiratory_epithelium

直径1-5μmの粉塵は排除されずに気管・気管支に沈着し、1μm以下の粉塵は肺胞に到達します。吸気によっていったん肺胞に到達した粉塵も、多くは呼気とともに体外へ出されます。しかし、一部は排出されず肺胞に残ります。  一般に、1μm以下の粉塵の濃度の高い空気を吸入しつづけると肺胞に粉塵が蓄積します。

黄砂の主成分である、二酸化珪素は、国際がん研究機関(IARC)が分類した、IARC発がん性リスク一覧(IARC発がん性分類)の、グループ1に分類されています。

IARC発がん性リスク一覧
物質や作業環境などの様々な要因の発がん性について、国際がん研究機関(IARC)がグループ1、2A、2B、3の4段階に分類したものです。この分類は、がんを引き起こす可能性に関する「科学的根拠の強さ」を示したもので、必ずしも発がん性の強さと同義ではありません。上位グループ(グループ1)ほど、発がん性が高いとされています。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/IARC%E7%99%BA%E3%81%8C%E3%82%93%E6%80%A7%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF%E4%B8%80%E8%A6%A7#

このグループ1には、放射線の中性子線、α線、β線、γ線、プルトニウム、ラジウム、タバコの煙、ヒ素、六価クロム、アスベスト、コールタールなどが同じランクに分類されています。

二酸化珪素

二酸化珪素(SiO2)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%85%B8%E5%8C%96%E3%82%B1%E3%82%A4%E7%B4%A0
別名、石英、シリカ、無水珪酸。圧力、温度条件により、石英、その他のシリカ鉱物になります。

この二酸化珪素が、黄砂の主成分として含まれていて、黄砂による、発がん性リスクを高めることになります。

実際に、二酸化珪素(SiO2)の粉体状のものを長期間にわたって多量に吸入すると、塵肺の一種である珪肺の原因となることが報告されています。過去に鉱石採掘現場での労働災害などが問題になりました。

塵肺と珪肺

塵肺(じんぱい、Pneumoconiosis)は、粉塵や微粒子を長期間吸引した結果、肺の細胞にそれらが蓄積することによって起きる肺疾患(Dust disease)の総称です。

塵肺は、「粉塵を吸入する事によって肺に生じた繊維増殖性変化(*)を主体とする疾病」と定義されています。塵肺の症状は、咳、痰、息切れ、呼吸困難、動悸などを起こします。

* (肺の)繊維増殖性変化 気管支炎、肺線維症、肺気腫の3つが主な病態です。

このうち、肺線維症と呼ばれる、肺の線維化(=弾力がなくなり、肺が硬くなる病気)と、肺気腫(=1つ1つの肺胞が潰れて繋がって大きな袋状になる病気、肺に空気が取り込めなくなり、酸素と二酸化炭素とのガス交換がうまくできない)が最も重篤な病態を引き起こします。

正常の肺胞(Alveoli)
正常肺胞は、ブドウの房状に、小さな空気の袋が塊を作っています。風船のように中から空気で膨らみます。風船(肺胞)は、伸び縮みして、膨らんだりしぼんだりします。
alveoli 肺胞🔵
Pulmonary artery 肺動脈🟢
Pulmonary vein 肺静脈🟡
心臓から出る肺動脈の血液が肺胞で酸素と二酸化炭素のガス交換をして、肺静脈から心臓へ帰ります。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Interstitial_lung_disease

間質性肺炎の病態 (肺線維症)
正常肺胞(左)と間質性肺炎の肺胞(中央)です。間質性肺炎では、正常肺胞と比べて、肺胞の隔壁が線維化で厚くなり、酸素と二酸化炭素が通過しにくくなっています。酸素と二酸化炭素のガス交換がうまくいかなくなります。これを、「肺線維症」と言います。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Interstitial_lung_disease

正常肺(上)と肺線維症(下)
下図は特発性肺線維症 (IPF, Idiopathic pulmonary fibrosis) による、肺気腫です。肺胞の壁がなくなり、肺胞が繋がって大きな1つの空洞になります。換気量が減少して酸素と二酸化炭素のガス交換能が悪くなります。
🔴障害を受けて繋がった空洞になった肺胞
🔵肺胞間の隔壁に起こった線維化
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Idiopathic_pulmonary_fibrosis

つまり、要約すると、肺胞の壁が厚くなって酸素と二酸化炭素が通過しにくくなることと、肺胞が壊れて1つの空洞になることで、肺の換気量が少なくなり、酸素と二酸化炭素のガス交換能が悪くなることです。

塵肺では、この2つの重大な肺疾患が起こります。

塵肺によるこれらの病気(肺線維症と肺気腫)は、初期は自覚症状がないために、気づかない間に進行してしまい、やがて息切れや呼吸困難が起こってきます。

塵肺には、珪肺、アルミ肺、ボーキサイト肺、酸化鉄肺(鉄肺)、石綿肺(アスベスト肺)などがあります。これらの肺疾患は、進行性で不可逆性のため、有効な治療法が存在せず、治療は酸素吸入などの対症療法に限られます。

珪肺

珪肺(Silicosis)とは、上に書いた塵肺の1つです。二酸化珪素(SiO2)が成分の結晶シリカ(珪酸)の粉塵を吸入することで起こる塵肺をいいます。肺に結節をともなう肺上葉の炎症と瘢痕を特徴とします。

黄砂のシリカ

直径数μm以下の微細なシリカ粉末を吸入すると、シリカ粉末が肺の奥の気管支または肺胞に沈着します。すると、シリカ粉末を貪食するマクロファージが遊走してきます。

マクロファージ(macrophage)
貪食細胞。炎症部位に集合して、異物や細菌を貪食します。この場合は、シリカ粉末を貪食します。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Macro

マクロファージは、腫瘍壊死因子(TNF)、インターロイキン-1、ロイコトリエンB4などのサイトカインを放出して、炎症反応を起こします。

マクロファージは線維芽細胞を刺激して増殖させて、シリカ粉末のまわりにコラーゲン(膠原線維)を形成します。その結果、肺に結節性病変ができ、線維症が起こります。

シリカ粉末から二酸化珪素化合物のラジカルが生成され、ヒドロキシラジカル、酸素ラジカル、過酸化水素が生産されます。これらのラジカルは、肺胞、気管支の細胞を損傷します。

このように、黄砂を吸収することで、黄砂が沈着した肺胞や気管支に、黄砂の成分のシリカによる炎症反応と、細胞障害が起こります。これが、珪肺です。珪肺は、肺線維症と肺気腫を起こしてきます。

一般に、気管から吸入された粒子が肺胞まで到達するときの粒子の大きさは、約1-2μmと言われています。日本に飛来する黄砂の直径は、0.5-5μmであり、4μmにピークがあります。最も多い大きさの黄砂は4μmで、これは毛細血管を流れている赤血球(6-8μm)の半分の大きさです。

赤血球 直径6-8μm
走査電子顕微鏡(SEM)像
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Red_blood_cell

肺動脈、肺胞、肺静脈の構造
肺動脈(Pulmonary artery)🟢から、毛細血管(Capillary beds)となり、肺胞周囲を取り囲んで走行します。肺胞(Alveoli)🔵でガス交換をしたのち、毛細血管から肺静脈(Pulmonary vein) 🟡となって戻ります。肺胞の周囲を取り囲むように走っている毛細血管を直径6-8μmの赤血球が流れるのですから、黄砂の直径がいかに小さいか、わかります。

黄砂のシリカ以外の吸着物質

黄砂は、運ばれてくる間にさまざまな環境下で有害な物質を吸着します。その吸着物質が、先に書いた、硫黄酸化物窒素酸化物(二酸化窒素など)であり、カーボン(すす、煤)であり、さらに、細菌、カビ、ダイオキシン、発がん性物質や放射性物質のセシウム137 などです。

硫黄酸化物

硫黄の酸化物の総称です。一酸化硫黄(SO)、二酸化硫黄(亜硫酸ガス)(SO2)、三酸化硫黄(SO3)などが含まれます。化学式は、SOx(ソックス)と略称されます。

石油や石炭など硫黄分が含まれる化石燃料を燃焼させることにより発生します。大気汚染や酸性雨などの原因となる有毒物質とされています。

国立環境研究所の調査では、日本で観測される硫黄酸化物のうち 49% が中国起源のものとされています。これら中国での大気汚染物質を吸着した黄砂が偏西風で日本に運ばれ、日本上空で大気汚染や酸性雨の原因となることが報告されています。

二酸化硫黄(SO2)は呼吸器を刺激し、せき、気管支喘息、気管支炎などの障害を引き起こします。

0.5 ppm 以上で匂いを自覚し、30-40 ppm 以上で呼吸困難を引き起こし、100 ppm の濃度下に50-70分以上留まると危険です。400 ppm 以上の場合では、数分で生命に危険が及ぶとされています。日本では、以前に四日市ぜんそくとして問題になったことがあります。

三酸化硫黄(SO3)は、無水硫酸であり、水を吸湿すると硫酸になります。硫酸は、体の組織に重度の化学熱傷を起こすことが知られています。

窒素酸化物

窒素の酸化物(nitrogen oxides)の総称です。
一酸化窒素(NO)、二酸化窒素(NO2)、三酸化窒素(NO3)、亜酸化窒素(一酸化二窒素)(N2O)、三酸化二窒素(N2O3)、四酸化二窒素(N2O4)、五酸化二窒素(N2O5)など、多くの物質が存在します。

大気汚染の原因物質である一酸化窒素の空気酸化により、二酸化窒素が発生します。また、冷水と反応すると、硝酸や亜硝酸が生成します。この反応が酸性雨の原因となります。

二酸化窒素(NO2)は、肺から吸収されやすく、呼吸器系への健康被害が知られています。二酸化窒素は、細胞内に吸収されて、強い酸化作用によって細胞を傷害するので、粘膜刺激だけでなく、気管支炎、肺水腫の原因になります。

このため、二酸化窒素は環境基準が設定されていて、「1日平均値が 0.04–0.06 ppm の範囲内またはそれ以下であること」が決められています。

一酸化窒素(NO)は、体内で生理学的作用が確認されており、強い血管拡張作用や神経伝達物質としても働くことがわかっています。

二酸化窒素(NO2)は、さらに上空で紫外線のエネルギーを受けて、強力な酸化作用をもつオゾン(O3)を生成します。

これらの反応で、オゾン、ペルオキシアシルナイトレート、ペルオキシベンゾイルナイトレートなどの強力な酸化性物質(オキシダント)が生成されます。これらの物質で、二酸化窒素を除いたものを、光化学オキシダントと呼びます。光化学オキシダントは、光化学スモッグ(*)の原因となる物質です。

光化学スモッグとは、オゾンやアルデヒドなどからなる気体成分の光化学オキシダントと、硝酸塩や硫酸塩などからなる固体成分の微粒子が混合して、視程が低下した状態をいいます。

窒素酸化物(NO、NO2)を吸入すると、ヘモグロビンの鉄が酸化されて、酸素運搬能力のないメトヘモグロビンが生成され、メトヘモグロビン血症になることがあります。

メトヘモグロビン血症 メトヘモグロビンは酸素を運搬できないため、メトヘモグロビンが体内に過剰になると、酸素欠乏状態(チアノーゼ)に陥ります。

亜硝酸は、体内の反応でニトロソアミンを生成すると、このニトロソアミンが強い発がん性を示すことが知られています。

物質が燃焼する時も、一酸化窒素や二酸化窒素などが発生します。高温・高圧で燃焼するとき、空気中の窒素と酸素が反応して窒素酸化物(サーマルNOx)になります。一方で、燃料由来の窒素化合物が燃焼して窒素酸化物(フューエルNOx)が生成されます。

排気ガスや天然ガスボイラー(家庭用調理ガス器具を含む)などから排出される窒素酸化物は前者のサーマルNOxであり、石炭が燃焼した場合の窒素酸化物は石炭中の窒素化合物に由来するためフューエルNOxとなります。

窒素酸化物は硫黄酸化物とならんで、酸性雨の原因となる粒子状物質です。硫黄酸化物は脱硫装置によって化石燃料からの発生を抑制させることができますが、燃焼によって生成される窒素酸化物は抑制が困難です。

三酸化二窒素は、水に溶けると亜硝酸になります。四酸化二窒素は、強力な酸化剤で、毒性と腐食性があります。五酸化二窒素は、無水硝酸であり、強い酸化作用を持ちます。分解すると二酸化窒素を生成して、呼吸器疾患や粘膜障害を起こします。

酸化窒素(一酸化二窒素)(N2O)は、医療で麻酔薬として使用される笑気ガスのことです。

カーボン(煤、すす)

いわゆる、工業用のカーボンブラック(carbon black)です。このカーボンブラックは、工業的に製造される直径3-500 nm程度の炭素の微粒子です。 (1 nm=1 μmの1/1000)

カーボンブラック 直径3-500nm
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF

カーボンブラックは、その表面の官能基が発がん性を持つ可能性があるとされており、国際がん研究機関 (IARC)はグループ2B(ヒトに対する発がん性が疑われる)に分類しています。

以前に、北京での検査報告で、大気汚染物質であるカーボン(煤)が多く検出されており、黄砂が北京上空を通過する際に、大量のカーボンブラックを吸着して日本に飛来する可能性が高いと考えられています。

細菌、カビ、PAH

韓国農村振興庁が行った黄砂に関する検査では、地域差はあるものの、細菌の濃度が通常の大気の7-22倍、カビの濃度が15-26倍と高い値を示していました。黄砂が飛来するときに細菌やカビを吸着して繁殖しやすい気温や湿度となるためではないかと推測されています。

さらに、韓国の研究チームが2003年に行った疫学調査では、黄砂の飛来する前後での、尿の成分測定で多環芳香族炭化水素(PAH)に属する発ガン性物質が平均で25%増加したとの報告があります。

PAH 油、石炭、タール沈殿物、化石燃料、バイオマス燃料などの燃焼の副生成物、焼き肉などの加熱処理した食物で見られます。多環芳香族炭化水素(PAH)の多くは、発癌性、変異原、催奇形物質であることが確認されています。発がん性で有名なベンゾピレンは、PAHの1種類です。

ダイオキシン

ダイオキシン類は、清掃工場などで、焼却炉での廃棄物(ごみ)燃焼のときに、塩素を含む物質の不完全燃焼によって生じます。また、薬品類の合成のときに(意図しない)副合成物として生成されます。ダイオキシンは、その他、自動車の排ガス、たばこの煙や、山火事、火山活動などの自然現象によっても発生します。

ダイオキシンは、
ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDDs)、
ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)、
ダイオキシン様ポリ塩化ビフェニル(DL-PCBs)の総称です。
ダイオキシンは、土壌および、河川や港湾の水底に多く蓄積されています。

ダイオキシン類は消化管、皮膚、肺より吸収されますが、日常生活におけるダイオキシン類の摂取のほとんどは経口摂取によると言われています。一部、気体や粉塵となったものを呼吸によって吸い込むことで体内に吸収します。

ダイオキシンの生体毒性は、一般毒性、発癌性、生殖毒性、免疫毒性など多岐にわたり、その毒性は強力で、体内残留による長期毒性で、肝細胞がん、口蓋がん、肺がん、などの、発がん性が認められています。「国際がん研究機関(IARC)発がん性リスク一覧」では、グループ1に(一部グループ3に)分類されています。

セシウム137

放射線物質です
1945年から1980年まで世界各地で大気圏核実験が行われました。そのため、大量の人工放射性核種が大気中に放出されて、日本にも降下しました。
日常食中のセシウム137の量は、特に大気圏内での核実験が禁止される1963年前後に最も高くなりました。その後は急速に減少し、1975年にはピーク時の10分の1まで減少しました。1986年のチェルノブイリ原発事故後に少し増えましたが、その後2000年代まで緩やかに減少しています。

原発事故などによって環境中に放出され、人への影響が最も懸念されるのは放射性セシウムです。セシウムには、セシウム134とセシウム137があります。放射性物質は崩壊して時間とともに減少しますが、半分に減る時間(半減期)は、セシウム134が約2年、セシウム137が約30年です。したがって、放射性物質としてのセシウム137は、核実験および原発事故後も長期間自然界にとどまるにも関わらず、すでに大気圏中の測定量は、放出時の1/2以下に減少しています。しかしながら、それでも黄砂に吸着して日本へ飛来するセシウム137は微量ながら存在しています。

粒子状物質

黄砂が飛来するときは、喘息、アレルギー疾患の増加とともに、呼吸器疾患や呼吸器感染症心臓や脳の循環器疾患などが有意に増加することが、国内外の複数の論文によって報告されています。

具体的には、黄砂飛散時には、その時期の飛散地域での狭心症、心筋梗塞、脳卒中などの発症率や救急搬送患者が明らかに増加しており、複数の病院の統計処理によっても、統計学的に正しいことが証明されています。さらに、黄砂飛散時の救急搬送例は、通常よりも重症者が多い事実もわかっています。

国内の複数の報告でも、黄砂の飛散から1週間以内に、富山県で小児喘息の発作による入院数が1.8倍、小学生で3倍になった(*1)ほか、福岡県では、黄砂の飛散から3日間の脳梗塞での搬送件数が7.5%増えており、重症例では50%を超えていた(*2)、との報告があります。

*1 富山大学、京都大学の研究グループによる
*2 九州大学の研究グループによる

黄砂は、成人の喘息や、慢性閉塞性肺疾患(COPD)がある患者さんには、下気道症状を確実に悪化させます。喘息のない成人でも黄砂による咳症状が出現がみられます。黄砂飛散時の肺炎による入院数の増加も報告されています。

黄砂飛散時は、心筋梗塞による搬送例が増えると書きましたが、植え込み型除細動器(ICD)の患者さんの不整脈が悪化するとの報告があります。医学的な理由はまだ解明されていません。

耳鼻咽喉科領域では、咳、くしゃみ、鼻水などのアレルギー性鼻炎、花粉症などの悪化や、喘息、気管支炎による症状眼科では目のかゆみなどのアレルギー性結膜炎、皮膚科ではアトピー性皮膚炎の悪化なども、黄砂の飛散時期に合わせて、起こってきます。

この事実は、単純に黄砂だけでの有害事象ではなく、黄砂と花粉の混合物によるもの、または、黄砂と上記のさまざまな吸着物質との混合物による、総合的な健康被害と考えられています。

事実、黄砂単独、花粉単独、黄砂と花粉の混合物を比較した実験では、単独よりも、黄砂と花粉の混合物によるものの方が、明らかにアレルギー症状がひどかったことが証明されています。

黄砂のうち、直径の小さなものは、微小粒子状物質(PM 2.5 等)に含まれるため、黄砂が飛来すると、PM2.5 濃度も上昇します。

現在では、これらの事実から、黄砂を単独の原因とする考え方ではなく、粒子状物質(Particulate Matter, PM)として捉える考え方があります。

PMとは、マイクロメートル (µm) の大きさの固体や液体の微粒子のことです。風で舞い上がった土壌粒子(黄砂)、工場や建設現場で生じた粉塵、燃焼で生じた煤(すす、カーボン)や窒素酸化物などの排出ガス、石油や石炭などの化石燃料の燃焼によって生成する硫黄酸化物や窒素酸化物排気ガスや天然ガスボイラー(家庭用調理ガス器具を含む)などから排出される窒素酸化物、石油からの揮発成分が大気中で変質してできる粒子など、じつに多くの物質からなっています。

粒子状物質(PM)
1 μmを中心に、0.01-100 μm の範囲に多くの大気中浮遊物質が存在します。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%92%E5%AD%90%E7%8A%B6%E7%89%A9%E8%B3%AA#

PM

PMという表現は、正確に粒子直径を表しているのではありません。正確には、「50%の捕集効果をもつフィルターを通して採取された異なる粒子径を持つ微粒子の集まり」、と定義されています。したがって、PM10の微粒子は、簡単に言えば、平均が10μmであって、それより大きい粒子も小さい粒子も存在しています。

PM2.5 SPM PM10 の粒子径の分布
PM2.5 は、粒子径が2.5 μm 以下のものだけが集まっているのではありません。2.5 μmが50%捕まりますが、それより大きい粒子も小さい粒子もあります。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%92%E5%AD%90%E7%8A%B6%E7%89%A9%E8%B3%AA#

PMという呼び方は、おもに大気汚染物質として扱うときに用いられます。

紙面の関係で、ここではPM2.5については書きませんが、黄砂とPM2.5 は、じつは非常に関連が深くて、簡単に切り離すことができません。なぜなら、黄砂の一部はPM2.5に含まれてしまうから、なのです。

黄砂はチームで悪さをする

黄砂の成分、その成分が何をするのか、について書いてきました。黄砂についての情報が増えれば増えるほど、黄砂だけを研究しても真実に近づけないことがわかってきます。

黄砂は、決して、黄砂単独では議論できないからです。タクラマカン砂漠から舞い上がった砂漠の砂だけが偏西風で日本に運ばれてくるのではないのです。

先に書いたように、黄砂は、さまざまな吸着物質をくっつけて飛来します。大気中に漂う、硫黄酸化物窒素酸化物(二酸化窒素など)カーボン(すす、煤)細菌、カビ、ダイオキシン、PAHなどの発がん性物質放射性物質セシウム137 などです。

これらの吸着物質は、PM2.5 とも重なっています。PM2.5 は、これらの大気中に浮遊する微粒子を粒子サイズだけで分類したものだからです。

黄砂は、スギ花粉も吸着します。黄砂は1年中飛散していますが、2月から5月が飛散のピークです。とくに4月頃が最も多く観測されます。これは、スギ花粉の飛散時期ときれいに重なります。黄砂が日本上空に多量にあるとき、スギ花粉もまた、大量に上空にあります。そのため、この時期、黄砂の多くは、スギ花粉を吸着しています。スギ花粉の直径は30μmと大きく、通常は、鼻粘膜に付着して細気管支や肺胞までは侵入できません。しかし、スギ花粉が黄砂に吸着されると、スギ花粉が割れて中からスギ花粉抗原(cryj1、cryj2)が飛び出します。このcryj1、cryj2抗原は、直径が数μmと小さいため、呼吸によって容易に細気管支や肺胞まで侵入して肺胞内に留まります。このため、スギ花粉症の時期には、喘息が悪化することが知られています。まさに、この同じ時期に、スギ花粉を吸着した黄砂が飛来して、肺胞や肺胞近くの細気管支まで吸入されます。

黄砂の成分である二酸化珪素(SiO2)、先の多くの吸着物質花粉や花粉抗原PM2.5 として浮遊する物質、など、黄砂は黄砂単独ではなく、多くの物質との複合体として飛来し、日本国内に飛散するのです。

このように理解してくると、黄砂についての議論は、すでに黄砂だけのものではなくなっていて、黄砂、PM2.5 、スギ花粉を1つにまとめてその影響を評価しなければならなくなっています。

ここで、黄砂の二酸化珪素、硫黄酸化物、窒素酸化物などを、1つ1つ医学的に、生体組織への侵襲性について検証したいのですが、紙面が足りません。次回に譲りたいと思います。

もう一度、黄砂とは?

もう一度、黄砂とは何でしょう。

黄砂とは、中国大陸の砂漠地方から飛んでくる砂漠の黄色い砂、だけではなく、人間の体にとって、じつに多くの有害な物質を同時に運んできて肺の中に吸入してしまうもの、そして健康被害を与えるもの、です。

そして、その健康被害は、心臓血管系、脳血管系、呼吸器系の病気だけでなく、体内への発がん性物質の蓄積に至るまで、多岐にわたることが報告されているのです。

黄砂 (環境省HPより)
https://www.env.go.jp/air/kousa/dss_01.html

どうすれば良い?

黄砂には、注意しなければならないことが、よく理解できました。それでは、黄砂の飛散に対しては、どう対策をすれば良いでしょうか。

基本的に、黄砂の飛散を止める方法はありません。なので、花粉症と同じ、「黄砂に暴露しないための」対策しかありません。

具体的には、黄砂の飛散が多い日は外出を避ける、帽子、眼鏡、マスクの着用、花粉よりも吸入しないように細心の注意を払う、外出から帰ったら上着を脱ぐ、家の外で黄砂を払い落す、布団や洗濯物を外に干さない、花粉情報とともに黄砂情報に気をつける、スギ花粉症だけの症状と思い込まずに、黄砂の症状かもしれない、と考えること、などです。

とにかく、花粉などとは比較にならない、深刻な健康被害を覚えておくことです。

かかりつけの耳鼻咽喉科医に

黄砂の症状が出たら、かかりつけの耳鼻咽喉科医、呼吸器内科医、眼科医、皮膚科医、循環器内科医、など多くの診療科の医師に相談する必要があるかもしれません。

花粉症なら、耳鼻咽喉科以外のかかりつけ医でもお薬を処方してくださると思います。しかし、黄砂の症状ならば、アレルギー性鼻炎だけでなく、喘息の悪化による内科医受診、アトピー性皮膚炎の悪化による皮膚科医受診、アレルギー性結膜炎による眼科医受診、などが場合によっては必要になるかもしれません。

さらに、狭心症、心筋梗塞の発症や不整脈の悪化、脳梗塞の発症などによる救急搬送など、多くはありませんが、より重篤な事態への対処も必要になります。

黄砂の症状の出る時期は、スギ花粉症の飛散時期と重なります。したがって、花粉症で通院治療中に、症状が安定していたにもかかわらず、突然急に悪化したようなとき、花粉の飛散が急激に増えた、という理由だけでなく、黄砂の飛散の可能性も考える必要があります。

あなたが、もし、花粉症で通院中に急に悪化したとき、スギ花粉症だけではなく、黄砂の可能性がある、ということだけは、覚えておきましょう。

さらに、黄砂による症状では、咳が出やすいことも、容易に想像がつくと思います。

くしゃみ、鼻水、鼻づまり。目のかゆみ。つらい花粉症の症状が、さらに悪化したときは、かかりつけの耳鼻咽喉科医に思い切って尋ねてみましょう。

「黄砂のせいでは、ないですか?」

あなたの調べた黄砂情報とぴったり一致していれば、確実です。

黄砂情報

現在、webから情報収集可能な、黄砂情報はいくつかあります。以下に代表的なサイトをご紹介します。

そらまめくん
環境省大気汚染物質広域監視システム
 
https://soramame.env.go.jp/

日本気象協会 Tenki.jp
https://tenki.jp/lite/

気象庁 国土交通省
https://www.jma.go.jp/jma/index.html

SPRINTARS
九州大学応用力学研究所 気候変動科学分野

https://sprintars.riam.kyushu-u.ac.jp/index.html

この他にも、まとめサイトや、居住区別の詳しいサイトもあります。黄砂かも?と思ったら必ず調べてください。現代は情報戦です。

黄砂に霞む都市


日常生活では、車に堆積した黄砂を拭き取るとフロントガラスやボディーに傷がつきますので、注意が必要です。ワイパーは使用できません。

院長 定永正之

定永正之(さだながまさゆき)
耳鼻咽喉科医師・耳鼻咽喉科専門医

先代から50年、宮崎県宮崎市で耳鼻咽喉科診療所を開業。一般外来診療から手術治療まで幅広く耳鼻咽喉科疾患に対応しています。1990年宮崎医科大学卒。「治す治療」をコンセプトに日々患者様と向き合っています。土曜日の午後も18時まで外来診療を行っていますので、急患にも対応可能です。
https://www.sadanaga.jp/

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