咽喉頭異常感症 -本当に何もないのか?- -咽喉頭の神経支配、知覚受容体と異常感症との関係-


咽喉頭異常感症。一度は聞いたことがあるかもしれません。「異常感」という病名が示すとおり、何もないのに「異常感」を感じてしまう病気、とされています。

でも少し待ってください。” 咽喉頭異常感症 ” は、本当に「何もない」のでしょうか。本当に何もないなら、どうしていつまでも症状が続くのでしょうか。表面上は「何もない」けど、本当は「何かある」のではないでしょうか。肉眼的に何も見えないけど、それが「何もない」とは言い切れないのではないでしょうか。

咽喉頭異常感症についての疑問は尽きません。今回は、このありふれた病気、医療者でさえも大した病気と認識していないかもしれない病気、咽喉頭異常感症について、書いてみたいと思います。

咽頭・喉頭とは?


咽喉頭の構造は?

咽頭(いんとう)、喉頭(こうとう)とは、どこでしょう。まず、” 咽喉頭 “という場所を正確に知りましょう。

咽頭、喉頭は、喉の奥にありますが、角度がついていますので、口を大きく開けても一部しか見えません。

図1 咽頭、喉頭の解剖
https://ganjoho.jp/public/cancer/hypopharynx/print.html (国立がん研究センター がん情報サービス )

咽頭は、上咽頭、中咽頭、下咽頭の3つに、喉頭は声門上部、声門下部の2つに分けられています。(図1)

咽頭を正面から見ると、

写真1 咽頭(pharynx)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Pharyngitis

正面は中咽頭後壁、左右は口蓋弓、中央は口蓋垂(uvula) が観察されます。この症例は、粘膜が発赤して炎症をともない、咽頭炎(pharyngitis)を起こしています。

喉頭は、こう見えます。

写真2 喉頭の内視鏡画像診断 (正常例)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%96%89%E9%A0%AD

すこし近づいて見ると、こうなります。

写真3 喉頭の構造 (正常例)
1 声帯、2 前庭ヒダ、3 喉頭蓋、4 披裂喉頭蓋ヒダ、5 披裂軟骨、6 梨状陥凹、7 舌(背側)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%96%89%E9%A0%AD%E8%93%8B

写真1 は咽頭を覗くと見えますが、写真2 は見えません。写真1から90°曲がって下方に位置しています。口を開けて直視できる部分が写真1で、ファイバースコープで観察できる範囲が写真2になります。

図1と合わせて見てください。写真1で、直視できる範囲が中咽頭。真ん中の口蓋垂(こうがいすい)より上の部分が(口蓋垂に隠れて見えませんが)、上咽頭。舌の裏側で下方にある部分が下咽頭です。

写真2は、下咽頭から喉頭にかけてを見ています。オメガ(Ω)型の喉頭蓋(こうとうがい)(写真3の3)より下方の一連のブロックが喉頭です。舌の後方から声帯までの範囲が下咽頭です。

写真3を見てください。喉頭蓋(3)がいちばん上部にあります。嚥下のとき、声門の上を覆い、食物や水分が直接気管に入るのを防ぐ蓋(ふた)の役目をしています。声帯(1)は、呼吸と発声を行うところです。声帯は、蝶番のように片方が綴じた逆V字になっていて、吸気のときは蝶つがいのように逆V字型に開き、発声のときは閉じて声帯が振動して声を出します。(写真4、5)

写真4 声帯(開大時)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Vocal_cords

声帯は、前方が綴じています。扇のように逆V字に開きます。

写真5 声帯(発声時)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Vocal_cords

声帯が閉じて声を出すときは、声帯の1辺全部が合わさってこの隙間を空気が通り、声帯が振動するようになっています。

咽喉頭の機能は?

呼吸、嚥下、発声の3つです。

生命を維持するのに非常に重要な働きを一度にこなしています。すなわち、咽喉頭の、機能が正常でなければ、呼吸すること、食事をすること、水を飲むこと、声を出して意志を伝えたり他人とコミュニケーションをとること、のどれか、または幾つかができなくなることを意味します。

これはとても恐ろしいことです。生命を維持できなくなる可能性があるからです。

咽頭、喉頭は、呼吸、嚥下、発声のほか、感染防御など、他にも生体における重要な免疫機構を担っています。

たとえば、皆さんが風邪をひいたとき、喉が痛くなったりしますね。ウイルスの侵入門戸は、常に咽喉頭なのです。

咽喉頭の感覚は?

それほど生体にとって重要な働きをもっている” 咽喉頭 “です。では、その咽喉頭の感覚はどのようになっているのでしょうか。

咽喉頭の感覚は、当然ながらすべて神経が感じとっています。知覚神経が咽喉頭の粘膜に分布していることで、” 喉の感覚 “を感じることができます。

それでは、咽喉頭にはどのような神経がきているのでしょう。

咽喉頭には、3つの脳神経が分布しています。

どの神経が?

咽喉頭には、3つの神経が分布しています。

舌咽(ぜついん)神経、迷走神経、迷走神経から分かれた上喉頭神経(内枝)です。

① 舌咽神経 脳神経9

② 迷走神経 脳神経10

③ 上喉頭神経(内枝)
迷走神経の分枝

咽頭粘膜の知覚の大部分は、舌咽神経が支配しています。

① 中咽頭から喉頭蓋中央くらいまでの広い範囲を舌咽神経が支配しています。

② 中咽頭側壁および後壁の粘膜は、迷走神経の咽頭枝が支配しています。

③ 喉頭蓋中央より下方の喉頭全部と下咽頭粘膜は、上喉頭神経内枝が支配しています。

写真6 咽喉頭の神経支配 
青線🟦 2本で囲まれた部位 舌咽神経
赤線🟥で囲まれた部位   迷走神経
黄線🟨で囲まれた部位  上喉頭神経
各色で囲まれた範囲を神経が支配している。

さらに、

④ 上咽頭の前方、側壁の上方、軟口蓋、前口蓋弓は、三叉神経(脳神経5)の第2枝が支配しています。

かなり複雑ですね。注意深く読まれた方はもうお気づきかと思いますが、じつはこれらの神経支配は、正確に色分けされているわけではありません。すべてオーバーラップしています。すなわち、同じ粘膜が2つの神経またはそれ以上の神経で支配されているのです。(*)

* 写真6 の舌咽神経(青)と迷走神経(赤)の
  範囲を見ると一目瞭然です。

舌咽神経

咽頭知覚の大部分は舌咽神経が支配します。

図2 舌咽神経の支配する解剖学的な部位

https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Category:Nervus_glossopharyngeus?uselang=ja

図2の緑🟩の範囲が、舌咽神経が支配する領域です。緑の範囲の最上部、上咽頭は、三叉神経の第2枝が支配しています。

舌咽神経は、そのほとんどが知覚神経であり、脳幹の延髄のいろいろな部位にその入力を伝えます。

図3 脳神経の起始部を脳底部下方から見た図

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Glossopharyngeal_nerve

舌咽神経、迷走神経の延髄への入力部位は、
舌咽神経(Glossopharyngeal nerve) ピンク色
迷走神経(Vagus nerve) 薄茶色

で示された部分です。舌咽神経は、橋と延髄の境界部近くの延髄に起始部をもちます。

舌咽神経は咽頭の知覚だけでなく、広い範囲をカバーしています。

舌の後方1/3の知覚、扁桃の知覚、中耳の知覚、頚動脈小体の知覚
耳神経節から耳下腺への副交感神経
茎突咽頭筋や咽頭筋の運動神経

図4 舌咽神経が支配する解剖学的部位

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-glossopharyngeal-nerve.html

舌咽神経は中耳の鼓室内粘膜の知覚もつかさどっています。

図5 舌咽神経の中耳、鼓室内分布

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-glossopharyngeal-nerve.html

これらの多くの知覚が延髄に入力されます。

図6 舌咽神経の延髄への入力(神経核etc.)

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-glossopharyngeal-nerve.html

舌咽神経は、正確には、橋(pons)と延髄(medula oblongata )の下唾液核、疑核、孤束核、三叉神経脊髄路核など、複数の解剖学的部位、広い範囲に入力(出力)します。(図6)

延髄の神経核

延髄にある神経核は非常に複雑です。多くの神経核があり、それぞれが複雑に連携しています。さらに点でなく縦に長く立体的に存在していて、上位皮質と連絡しています。

運動性の脳神経核と知覚性の脳神経核に分かれます。

運動性脳神経核

① 疑核
② 迷走神経背側運動核
③ 下唾液核
④ 舌下神経核

知覚性脳神経核

孤束核
  内側部
  外側部
三叉神経脊髄路核

図7 (図6同) 延髄の神経核

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-glossopharyngeal-nerve.html

舌咽神経の知覚神経は、頸静脈孔上下の上神経節と下神経節に細胞体があります。

舌咽神経からの” 咽喉頭の知覚 “は、延髄の孤束核内側部(図7 ライトブルー色)と三叉神経脊髄路核(図7グリーン色)に、入力されます。

* 味覚は、孤束核外側部 (図7ネイビー色)に入力されます。

迷走神経

迷走神経は、体の多くの臓器を支配しています。

図8 迷走神経 (Vagus) の走行

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Vagus_nerve

迷走神経も咽頭の知覚を支配します。

図9 迷走神経の頭頸部への支配

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-vagus-nerve.html

図10 迷走神経の咽喉頭への支配

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-vagus-nerve.html

迷走神経も舌咽神経と同様に、非常に多くの部位からの入力を受けています。

咽頭粘膜の広い範囲をカバーしている咽頭神経叢(pharyngeal plexus)は、迷走神経の咽頭枝と舌咽神経が網状になって分布しています。

迷走神経から分岐して内枝と外枝に分かれて喉頭に分布する上喉頭神経(superior laryngeal nerve)も確認できます。上喉頭神経は、声帯周囲の喉頭の知覚、舌根部の粘膜の知覚を支配しています。

さらに、迷走神経の下神経節は、上頚神経節と繋がっています。また、耳介枝は顔面神経との吻合も見られます。 (図10)

迷走神経も、舌咽神経と同じように、脳幹の延髄に入力します。

図11 迷走神経の延髄への入力

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-vagus-nerve.html

舌咽神経が延髄に入力するところで書いたように、迷走神経も延髄の重なった神経核に入力します。

舌咽神経と同じように、迷走神経の知覚神経も頸静脈孔上下の上神経節と下神経節に細胞体があります。

迷走神経も舌咽神経と同じように、孤束核内側部 (図11 ライトブルー色)に咽喉頭の知覚を入力しています。

非常に複雑ですね。でも、もっと驚くことがあります。何と、別々に書いてきた、舌咽神経と迷走神経は、実は繋がっているのです!

図12 舌咽神経(9)と迷走神経(10)の吻合

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Vagus_nerve

もともと、舌咽神経と迷走神経は、副神経(11)と合わせて3本の束になって頚静脈孔という骨のトンネルを通って脳幹から出てくるのですが、これらの神経は、それぞれ交通があって、入力信号がさらに複雑になっています。

イラストを実際の解剖に近づけると、こうなります。

図13 舌咽神経(Glossopharyngeal nerve)と迷走神経(Vagus nerve)の走行

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Vagus_nerve

舌咽神経と迷走神経は、1本の神経束となって走行しています。図14の ” Glossopharyngeal and vagus nerve ” がそれにあたります。
(青線で囲んだ部分)

図14 (図13と同) 青線🔵で囲んだ部分が舌咽神経と迷走神経の神経束
迷走神経は8-10本の神経根で延髄を出ています。

すなわち、咽喉頭の知覚は、舌咽神経と迷走神経が重なってほとんど二重支配している、と言っても良いと思います。

先に書きましたが、咽喉頭の神経支配は正確に色分けされているわけではなく、すべてオーバーラップしています。同じ粘膜が2つの神経またはそれ以上の神経で支配されています。

これが、咽喉頭の “知覚の感じ方” を、より複雑にしている理由なのです。

咽喉頭の知覚とは?

咽喉頭の知覚は、敏感なのでしょうか。そもそも、咽喉頭の” 知覚 “とは一体何なのでしょうか。

2点弁別閾検査

一般に皮膚知覚の鋭敏性を計る一つの方法に、2点弁別閾(いき)検査というものがあります。

これは、同時に刺激された異なる2点の刺激をどれだけ離れていれば違う刺激として感じることができるか、という感覚のテストです。もっとわかりやすく言うと、体のある部分を ” 2カ所同時に触られたとき、それが2つであると感じる ” 感覚のことです。この距離が短ければ短いほど、知覚は鋭敏です。

私たちは、咽喉頭の知覚は鋭敏であるような印象をもっています。ところが、皮膚の鋭敏な部位に比較して、一般に咽喉頭の粘膜は2点弁別域が大きい(感覚が鋭敏でない)部分があると言われています。もちろん、咽喉頭は粘膜であり、皮膚のように表面にあるわけではなく解剖学的に複雑な構造をしていますので、単純比較は難しいと思います。

咽喉頭の神経支配は、後口蓋弓、披裂部(食道入口部)、中咽頭の後壁と側壁には、密に分布していて知覚は鋭敏です。

一方で、舌根部、喉頭蓋前面、梨状陥凹、声帯では、神経支配は疎であり、知覚は鋭敏でないことが報告されています。

写真7 知覚が鋭敏な部位(青線🟦で囲まれた部分)と知覚が鋭敏でない部位(赤線🟥で囲まれた部分)

これらの事実は、後で記載しますが、咽喉頭の異常感は、部位によって生じやすいところと生じにくいところがあることの裏づけになると言えそうです。

例えば、写真7で青線🟦で囲まれた部分は知覚が鋭敏であると書きましたが、この中には被裂部(食道入口部)が含まれています。

さらに、青線で囲まれた中咽頭側壁と後壁は、熱い食べもの水、酸やアルカリなどの化学物質、つよい香辛料(トウガラシなど)が直接通過する粘膜です。これらが、体内に有害であるかどうかを瞬時に判断することは、生命維持にとても重要なことです。

喉(のど)の知覚が鋭敏であるかどうかの議論よりも、どの部位が鋭敏でどの部位がそうでないか、が重要なのだと思います。

咽喉頭の触覚

咽喉頭の知覚は、触覚受容体とポリモダール受容体に分かれます。(受容体 = 受容器)
(図15)

触覚受容体は、触る、押す、などの機械的な刺激を感知する受容体です。ポリモダール受容体は、化学的刺激や温度刺激を感知します。

咽喉頭の触覚刺激は、基本的に皮膚の触覚刺激と同じであることが報告されています。すなわち、皮膚にある触覚受容器(レセプター)が咽喉頭粘膜にも存在して、同じように触覚刺激を感じ取っているということになります。

図15 咽喉頭粘膜の受容器

https://www.asakura.co.jp/lp/naikagaku12ed/digitalappendix/src/e%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%A03-3-3_%E5%92%BD%E9%A0%AD%E7%9F%A5%E8%A6%9A%E5%8F%97%E5%AE%B9.html

この図に書かれている咽頭粘膜下にあるいくつかの受容体は、じつは皮膚に存在している受容体とほとんど同じです。ですから、咽喉頭の触覚を調べることは、皮膚の触覚について論ずることになります。

皮膚の触覚受容器には、代表的なものとしてMeissner小体,Merkel細胞,Pacini小体,Ruffini終末があります。

咽喉頭のポリモダール受容体には、温度や化学刺激を受容する温度感受性 (TRP) 受容体があります。
TRP受容体には自由神経終末がきています。

これらの触覚受容体とポリモダール受容体が、咽喉頭の粘膜下に存在していて、皮膚の刺激と同じように粘膜の刺激を感じ取り、神経からの電気信号が脳幹および大脳皮質へと送られています。

それでは、咽喉頭の受容体を1つずつ見ていきましょう。

Meissner小体

マイスナー小体といいます。0.08×0.5 mm くらいの大きさです。とくに指先や唇に存在しています。小さいものや角があるものに敏感で、パソコンを打つときの指先のタイピングなどを感知します。有髄神経であり、刺激に対する反応が早いですが、順応してすぐに反応をやめます。自分の着衣を常に感じていないのは、マイスナー小体のおかげです。

図16 Meissner(マイスナー)小体 (右囲い部分)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Tactile_corpuscle

Merkel細胞

メルケル細胞。非常に小さく、直径10 μmくらいです。
15Hzの低周波の振動とやさしくゆっくりと押される機械刺激を受容すると言われています。有髄神経のAβ線維。反応は早いです。

図17 Merkel(メルケル)細胞 (右囲い部分)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Merkel_cell

Pacini小体

パチニ小体。卵形で長さ1 mm です。タマネギ状の層構造をしています。20-60層の薄い層構造によって非常に鋭敏に形体の変化を感知します。パチニ小体はあらゆる圧変化と振動を感知すると言われています。無髄神経線維のため、反応は遅いです。

図18 Pacini(パチニ)小体

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Pacinian_corpuscle

Ruffini終末

紡錘形の受容器です。ルフィニ小体は皮膚にかかる圧力を感知します。物体が皮膚と擦(こす)れるのを感知し、物を握るときの力の調整がコントロールできるようにしています。ルフィニ小体は、ある程度の時間、持続する圧力を感知します。応答は非常に短時間です。

図19 Ruffini(ルフィニ)終末

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Bulbous_corpuscle

TRP受容体とは?

TRP( Transient receptor potential )受容体は、生体の細胞膜上に存在するイオンチャネル型受容体です。多くの細胞に存在しています。

TRP受容体は、温度、酸、カプサイシン、その他の化学物質、機械的な刺激など、さまざまな刺激によって活性化されます。

TRP受容体は全身の多くの細胞に存在しており、現在6つのサブファミリー、27種類が発見されています。

自由神経終末のTRP受容体

咽喉頭粘膜にある自由神経終末には、温度や化学刺激に対する温度感受性TRP受容体が存在します。このTRP受容体は、TRPV1 受容体と呼ばれるもので、43℃以上の熱、酸、痛み刺激トウガラシ成分のカプサイシン、からし(マスタード)やワサビなどの辛味成分のアリル・イソチオシアネート、などで活性化されます。

* 辛味成分は、生理学的な味覚である苦味、酸味、甘味、塩味、うま味の5基本味には含まれません。すなわち辛味は味覚ではなく、正確には舌咽神経領域のTRPV1受容体で感じる痛覚、温度覚(熱い)として生体に感知されている、と認識されています。

図20 TRPV1 受容体 🔴

https://www.nibb.ac.jp/press/2011/07/15.html

生体の細胞膜上に存在する” イオンチャネル型受容体 ” です。生体の侵害刺激で活性化されてイオンチャネルが開きます。細胞外から細胞内へ、急速にNa+、Ca2+が流入して細胞膜間の電位変化がおこることで細胞電位が発生します。細胞電位によって神経細胞が興奮して、電気信号が神経によって伝達されます。

また最近では、細胞膜上のTRPA1受容体の近くに存在する、カルシウム(Ca2+)活性化クロライド(Cl-)チャンネルであるアノクタミン1 (ANO1)がTRPV1の活性化で開き、Cl-イオンの細胞外移動が起こるため、TRPV1受容体の活動電位が増強されて、” 痛み刺激が強くなる “ことが明らかになっています。

この現象によって、カプサイシンによる痛み刺激がいつまでも続き、焼けるような痛み(灼熱痛)として感知されることの説明がなされています。

TRPV1 受容体 TRP vanilloid 1 receptor
カプサイシン感受性の温度感受性TRP 受容体ですら。トウガラシ成分のカプサイシンがバニロイド(vanilloid)属であるため、この名称があります。

全身の中枢神経および末梢神経に多く発現しています。

細胞膜上のTRPV1 の活性化によって、その細胞内からカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)やサブスタンスPが細胞外へ放出されます。

CGRPやサブスタンスPは、その細胞周囲で神経原性炎症を起こすため、局所での血管拡張、血流増大、腸管運動の亢進などが起こります。

咽喉頭粘膜の自由神経終末には、このTRPV1 受容体が存在しています。

咽喉頭粘膜に分布しているTRPV1 受容体からの刺激は、舌咽神経や迷走神経の神経終末から知覚神経として延髄の孤束核内側部に送られて、延髄からさらに上位の大脳皮質へと投射されます。

熱、酸、カプサイシン

咽喉頭の粘膜はTRPV1 受容体によって、触覚の感知だけでなく、温度や化学刺激なども感知しています。

TRPV1受容体は、43℃以上の熱、酸、カプサイシンなどの化学刺激、痛み刺激などで活性化されて、細胞内電位を発生させて、その電気信号をTRPV1受容体がある細胞から延髄、さらに大脳皮質へと伝えます。これは、咽喉頭を通過する食物や水分が高温になると消化管の熱傷を起こして生命を脅かすことになるために、生体の防御機構の1つと考えるとわかりやすいと思います。

強酸についても、咽喉頭の粘膜を損傷する可能性がある化学物質についても、同様の考え方ができます。たとえば、トウガラシ成分のカプサイシンは、強い刺激が咽喉頭粘膜を損傷する可能性があります。非常に「辛い」感覚は痛み刺激として受容体に感知され、生体を守ります。

咽喉頭にある他のTRP受容体

他のTRP受容体には、17℃以下の低温で活性化するTRPA1受容体があります。TRPA1受容体は、ワサビ、ニンニク、シナモンの主成分の受容体でもあり、これらによって活性化されます。

咽頭に冷たい水が入ってきた(飲んだ)とき、これをTRPA1受容体が感知する機構も、あまり体温とかけ離れた冷たい水が入ってくる(飲む)と体温を奪われてしまうことになる(だから飲まない)、または暑さのために体が高温になっていて冷却する必要があるから、(冷たいと感じた水を)たくさん飲む、という古代からの生存のための理由と考えておかしくありません。

ミント成分であるメントールの受容体として同定されたTRPM8受容体(TRP Melastatin 8)も咽喉頭の粘膜に発現しています。TRPM8は、メントール、イシリンなどの成分(冷感誘起物質)や低温ではない冷刺激(23-26℃以下)によって活性化することがわかっています。

冷刺激はTRPA1受容体が感知してくれますので、TRPM8は極端な冷刺激を避けるための受容体というよりも、むしろ生体が不快に感じる” 超冷感刺激 “を避けるための受容体であると言われています。

TRP受容体の意味

具体的に言うと、極端に熱いもの、冷たいもの、または刺激性のつよい香辛料が含まれている食物では触覚と同時に自由神経終末のTRP受容体を活性化することになり、非常に強い刺激が延髄へ送られることとなります。

このように考えると、咽喉頭の知覚の中でも、とくに生体に有害と思われる高温または低温の水や飲みもの、食べものに存在している刺激性の化学物質(トウガラシ、ワサビ、ニンニク、シナモンなど)を敏感に感じとり、その危険性を瞬時に判断することは、ヒトなどの哺乳類が生き残るための必要条件だと思われます。

咽喉頭の鋭敏な知覚によって生命が守られているのです。ですから、” 咽喉頭の知覚は人間の生命維持のために存在している ” 、と言っても過言ではありません。

咽喉頭の知覚を感じる大脳皮質は?

咽喉頭は、かなり神経支配が複雑であることがわかりました。咽喉頭の知覚はどのようにして感じるのか、も理解できました。

それでは、咽喉頭からの神経刺激は、最終的にどこで感じるのでしょうか。

答えは大脳皮質です。手足などの体の一般的な感覚が入力される大脳皮質の部位に、咽喉頭の知覚が入力されます。

ここで、体の一般の感覚(体性感覚)が入力される、大脳皮質の部位を説明します。

大脳皮質の「中心後回」と呼ばれる部位が、体中の感覚のほとんどを感じとっています。

中心後回

脳機能の体性感覚(ブロードマンの3、1、2野)を司る部位が大脳皮質の頭頂葉前方にあり、” 中心後回 (Postcentral gyrus) “と呼ばれています。

図21 中心後回 (Postcentral gyrus)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%BF%83%E5%BE%8C%E5%9B%9E

赤🟥で示した部分が体性感覚を感じる大脳皮質の部位。ブロードマン(Brodmann)の3、1、2野とも呼ばれます。

大脳皮質のこの部分に、手足をはじめ、指先、顔面、口腔など体中の多くの一般感覚が入力されます。

* ただし、視覚、聴覚、嗅覚、味覚などの特殊感覚は、大脳皮質の別の部分に入力されます。

この中心後回に入力されてくる感覚の大きさを簡単な絵で表したのが、 ” ホムンクルス “(脳内の小人) と呼ばれる一次体性感覚の図です。

図22 ペンフィールドの地図。
体の各部位からの入力が、感覚皮質のどの部分に投射されているかを示したもの。咽頭の感覚野は側面下方にあります。
(一次体性感覚のホムンクルス)

描かれている顔や体の絵は、各部位からの入力が、どれぐらいの領域に投射されているのか、その面積比を表しています。

ホムンクルス 脳内に想像上の小人(ホムンクルス)がいることの表現。 昔、パラケルススが錬金術で造ったという瓶の中の小人がホムンクルスと呼ばれた。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%BF%83%E5%BE%8C%E5%9B%9E

これらの体性感覚は、脳内で平等ではありません。ある刺激は非常に大きく感じ、ある刺激は、小さく感じるのです。

顔面、口唇、舌、指先、手などは非常に感覚が鋭敏であり、その他の部分はそれほど鋭敏でないことが表現されています。

図22のペンフィールドの地図によれば、咽喉頭からの刺激は、” 中心後回の下方で側面の部位 に入力される ” ことがわかります。

この図22によると、咽喉頭の知覚は、手や唇や舌ほど大きくなく、腹腔内とほとんど同じであり、やはり意外なことにそれほど鋭敏ではないことがわかります。

延髄から視床、視床から大脳皮質へ

延髄に入力された咽喉頭の知覚は、どのような経路をたどって大脳皮質へ投射されるのでしょうか。詳しくは以下のようになっています。

① 咽喉頭からの知覚刺激(触覚、温度覚、痛覚)は、解剖学的に説明した舌咽神経、迷走神経の走行を通して延髄の知覚神経核である ” 孤束核内側部 ” または ” 三叉神経脊髄路核 ” に入力されます。

* 舌後部1/3の味覚は、” 孤束核外側部 “に入力されます。

図23 延髄孤束核と三叉神経脊髄路核
   延髄孤束核
   内側部 ライトブルー色
   外側部 ネイビー色
   三叉神経脊髄路核 グリーン色

https://visual-anatomy-data.net/nurve/index-glossopharyngeal-nerve.html

② 延髄の孤束核内側部または三叉神経脊髄路核でニューロンを替えて交叉した後、反対側の内側毛帯を上行し、視床の後外側腹側核(VPL)に入力されます。

* 舌後部1/3の味覚は、視床の後内側腹側核(VPM)に入力されます。

図24 視床(Thalamus) 赤色🟥       https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%96%E5%BA%8A
視床は、脳幹(中脳、橋、延髄)の最上方に存在しています。

視床

視床は、嗅覚以外のすべての感覚が一度入力される、感覚の中継点です。

図25 視床外側群  
 後外側腹側核 (VPL) 青線🔵
  咽喉頭の触覚、温痛覚が入力される
 後内側腹側核 (VPM) 赤線🔴
  舌後部1/3の味覚が入力される
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%96%E5%BA%8A

視床外側核群をもうすこし見ます。

図26 視床 左視床を内側から見た図(誌面左上が視床前方) 黄色🟡視床外側核群 
VPL VPMが見えます。
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Category:Human_thalamus

図27 視床の大脳皮質への投射図(thalamo cortical radiation )

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Thalamocortical_radiations

中心後回だけでなく、非常に多くの神経線維が視床から大脳皮質へと投射(連絡)されています。

視床のVPLから、再びニューロンを替えて視床皮質路として、内包を通り大脳皮質感覚野(中心後回)に入力されます。

* 味覚は、VPMから大脳皮質の眼窩回(前頭葉下面)に入力されます。

図28 視床(青線🔵)と大脳皮質感覚野(中心後回)に存在する咽喉頭の感覚野(赤線🔴)の位置関係
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Category:Human_thalamus

これが、咽喉頭の知覚が大脳皮質の感覚野に入力されるプロセスです。

延髄からの入力視床を経由して、大脳皮質の感覚野に投射されてはじめて、咽喉頭の知覚(触覚、温度覚、痛覚)が感じられるのです。

しかし、咽喉頭からの刺激が本当に大脳皮質のこの部位にだけ入力されているかどうかを、現代の神経生理学の手法を使って正確に調べる必要があります。

じつは、この感覚と運動の脳内マッピングの図( ホムンクルス )を作ったのはワイルダー・ペンフィールドというカナダの脳神経外科医で、1933年のことです。まだ手術用顕微鏡もない時代でしたが、開頭手術の時にヒトの脳を実際に刺激することで得られた結果を記録した素晴らしいデータです。それから90年の歳月が経ちます。この図の多くの事実が証明されていますが、一部未完成な部分も指摘されています。

延髄から眼窩回へ

延髄から大脳皮質への感覚の投射は、じつはまだ完全には解明されていないことが多くあります。

咽喉頭の知覚のうち舌後方1/3の味覚は、舌咽神経が支配しています。舌咽神経から延髄の孤束核外側部に入力された味覚は、視床のVPMに送られます。触覚、温痛覚が視床のVPLから中心後回へ入力されるのと違って、味覚だけは視床のVPMから前頭葉の一部の” 眼窩回(がんかかい) “と呼ばれる大脳皮質に入力されます。

眼窩回は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚など特殊感覚の統合がなされる大脳皮質の特殊な領域です。視覚、聴覚、嗅覚は、一度それぞれの感覚野に入力された後、眼窩回へと投射されます。

延髄に入力された咽喉頭の知覚のうち一部は、延髄の孤束核で中継された後、視床、扁桃体、基底核などの大脳皮質下と神経回路を形成しながら、最終的に” 皮質眼窩回 “に至る神経線維があることがわかっています。

* 実際にネコでは、上喉頭神経(迷走神経内枝)の延髄から上位の大脳皮質への入力は、眼窩回へ投射されていることが報告されています。

図29 皮質眼窩回(右図)

図30 眼窩回 (図23右図拡大)

グリーンで色分けされた部分が眼窩回です。左眼窩回(図26 では右にあたります)に示されている赤のH字型の眼窩溝(orbital sulcus)によって、眼窩回は、前方、後方、内側、外側の4つの部位に分けられています。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Orbital_gyri

図31 眼窩回(内側から見る)

眼窩回は前頭葉(frontal lobe)の前下方に存在します。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Lobes_of_the_brain

体性感覚の入力がある中心後回(postcentral gyrus)とは、すこし位置が違います。中心後回は頭頂葉にありますが、眼窩回は前頭葉の一部であり、前方に位置しています。

眼窩回を含む眼窩前頭皮質の特徴は、すべての感覚野と2シナプスや3シナプスで非常に強くつながっていることです。さらに、他の前頭葉領域や線条体、扁桃体、海馬などの大脳辺縁系とも広くつながっています。

眼窩前頭皮質は、視覚、嗅覚、味覚だけでなく、体性感覚、内蔵感覚に関連する感覚野から多くの情報の入力を受けています。さらに、これらの” 感覚の統合 “が行われています。

* 脳機能のマッピングについては、霊長類と霊長類以外でブロードマンの分類での比較が一部困難な部分があるとされています。

これらについての詳細は、今後の研究を待たなければならないのかもしれません。

臨床的な本題から少しそれた基礎医学の議論になりました。しかし、” 咽喉頭異常感症 “について本当に理解するためには当然、咽喉頭の知覚について、解剖学的にまた生理学的に深い知識と理解が必要になります。症状だけを当てはめてみても、どこまでいっても議論は深くなりません。

咽喉頭の知覚、触覚や痛み、温度覚などの” 感覚 “を感じることが、いかに複雑なネットワークによっているかが、理解できると思います。

それでは、これらのことが実際に咽喉頭異常感とどう関係していくのでしょうか。それについて書いていきたいと思います。

咽喉頭異常感症とは何?


定義は?

咽喉頭異常感症は、”「咽頭喉頭に異常な感じがある症状」を訴える症候群である “、と定義されます。

異常感の原因が見つからない「真性」咽喉頭異常感症と、何らかの原因が見つかる「症候性」咽喉頭異常感症に分けられます。「症候性」が80%を超えると報告されています。

症状は?

「喉がイガイガする」、「のどに何か引っ掛かっている」、「のどがつまる」、「圧迫感がある」「喉に何かある感じがする」、「飲み込んだとき違和感がある」、「飲み込みが悪い」、など患者さんの訴えは多彩です。

以前は、喉に何かボールのようなものがある、と訴える患者さんがいたことから、”ヒステリー球 “という診断名の時代があったようです。

現在、欧米でもこの疾患は多く、” globus ” または、” globus pharygeus ” と呼ばれています。

必要な検査は?

まずは、咽喉頭の正確な診断を行う必要があります。がんなどの重大な病気はないのか、症状を起こしている原因は何か、を考えて検査をしていきます。

咽喉頭の粘膜を詳細に拡大して観察するために「喉頭のファイバースコープ」は必須の検査です。その他に、胃食道逆流があるか、アレルギー歴はあるか、副鼻腔炎はないか、などにはじまり、全身的な病気はないか、本人も気がついていない病気を持っていないか、など少しずつ範囲を広げて検査を進めます。

咽喉頭をファイバースコープで観察して何も見つからないとき、初めから咽喉頭異常感症だと決めつけるのは非常に危険です。咽喉頭だけでなく、ファイバーで見えない食道の病気や全身の病気の一部分として、喉の症状が現れていることも多いからです。

副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎があると、後鼻漏や鼻閉による口呼吸が、咽頭症状を起こすことがあります。レントゲンや副鼻腔CTによる画像診断で、確実に鼻副鼻腔疾患がないかどうかを調べます。ときには、慢性鼻炎があるのに本人もそれほど意識しておらず、原因と考えられる場合もありますので、自覚症状だけでなく鼻腔内の観察で疑われたときは、きちんとした検査が必要になります。

とくにアレルギー性鼻炎は、アトピー素因とも重なり、喉頭アレルギーの症状を起こしていることが有りますので注意が必要です。

胃食道逆流症は、咽喉頭異常感の原因として多いため、胸焼けやげっぷの症状があるか、またすでに内科専門医から診断を受けて胃酸抑制薬(プロトンポンプインヒビター等)を内服していることも比較的多いため、既往歴や治療中の病気、現在内服中のお薬についての詳しい問診が重要になります。

最も注意すべきことは、咽喉頭の悪性腫瘍です。咽頭がんなどでは、ごく早期の病変は、ファイバーで詳細に観察しても粘膜がほぼ正常に見えることが多いため、がんと診断することが困難な場合があります。とくに下咽頭がんでは、粘膜が襞状に凹凸があり、唾液の貯留があったりすると、解剖学的に観察が困難な部位が出てきます。さらに嚥下によって動いたりして観察が困難になることもあります。
さらに、一度内視鏡検査を行って全く正常な所見が観察されても、数ヶ月後に観察するとごく早期の咽頭がんが発生していたりすることが稀にありますので、一度の内視鏡検査で終わりにせずに、必ず3ヶ月から6ヶ月後の再検査を計画することが重要です。

がんの見落としをしないためにも、複数回のファイバー観察は必ず行うべきだと考えています。

咽喉頭の早期がんは、非常に見つかりにくいことがあります。咽喉頭の早期がんの発見のための非常に有効な観察方法は、NBI 内視鏡を用いた検査です。

NBI 内視鏡は、粘膜を自然光だけで観察する従来のファイバースコープと違い、従来の内視鏡では直接見えない粘膜下の血管の走行を観察することができます。早期がんの発見に非常に有効であると言われています。

NBI内視鏡による早期がんの発見

NBIは、” Narrow Band Imaging ” の略です。 「狭帯域光観察」の意味です。

がんは、周囲の血管から栄養補給を必要ととするため、がんができると病変の近くの粘膜には血管が増生しやすくなります。そのため、がんの早期発見には、病変近くの血管の集合を観察することが重要になります。

NBI内視鏡では、血液中のヘモグロビンに吸収されやすい青色と緑色の2つの特殊な光を照らすことで、粘膜表層下にある毛細血管やそのパターンによる粘膜疹微細模様が強調して鮮明に表示されます。(青色光波長390~445nm 緑色光波長530~550nm)
この技術によって、通常光による観察では見えづらかったがんなどの病変の早期発見に貢献することが期待されています。

図32 NBI内視鏡の原理 青色光波長390~445nm 緑色光波長530~550nm
https://www.olympus.co.jp/jp/news/2006b/nr061226evissj.html

写真8 NBI内視鏡 (当院) https://www.sadanaga.jp/inspection/examine/

NBI内視鏡は、当院でも使用しています。

喉頭ファイバースコープによる観察の工夫

内視鏡診断の際に、解剖学的な複雑さが原因となっている、検査時に見えにくい部位の存在を指摘しました。喉頭ファイバースコープの施行時に、喉頭蓋前面(舌根面)、喉頭蓋谷、左右の梨状陥凹、食道入口部などは、喉頭ファイバースコープによる観察時に、いつも100%完全な観察所見を得ることは困難なことがあります。このような部位の観察は、解剖学的な複雑さを軽減してより確実な観察所見を得るために、内視鏡と観察部位の角度を変化させる試みがなされます。

喉頭ファイバースコープを左右の鼻腔から挿入して視野を変化させる方法、頚部を回旋させて角度を変える方法、バルサルバ法(吸気後息こらえをして息む)によって下咽頭の空間を拡げてもらう方法、座位で上半身を前傾した後、顔をできるだけ上に向けて前方に突き出すような姿勢をとってもらい、観察する方法などです。

画期的な新しい観察方法として、頭部を大きく前屈してそのまま首を回旋する体位をとる方法があります。この方法では、従来は観察しにくかった下咽頭の被裂部後面の観察が容易になります。( Modified Killian’s method )

写真9 Modified Killian’s method
   開発者の東海大学医学部耳鼻咽喉科
   酒井昭博先生 (写真上)
https://jibika.med.gunma-u.ac.jp/?p=1583
( 群馬大学耳鼻咽喉科頭頸部外科学講座HP より写真を引用しています。)

患者さんは前屈して自分のお臍を見る感じです。そのまま首を回旋します。そしてバルサルバ(valsalva)法を行います。

* バルサルバ法 吸気時息を止めて、口を閉じたまま息を吐き出そうとすることで咽頭の圧を高める方法。ダイビングなどの” 耳抜き ” のときに多く行われます。

この Modified Killian’s method は、画期的な下咽頭観察方法であり、従来法では観察が困難であった症例に対しても良好な視野での観察が可能になることが報告されています。

また、正規の方法ではありませんが、嚥下反射の少なそうな患者さんに対しては、口を大きく開けてもらい、わざと咽頭から内視鏡を挿入することで違った角度からの観察を行うこともできます。

これらの方法を組み合わせることで、喉頭ファイバースコープによる、より詳細な観察と確実な診断が得られやすくなります。

100%ではありませんが、可能な限り悪性腫瘍は見逃さない注意が必要です。咽頭がんは、ごく初期には症状がほとんどなく、咽喉頭の異常感や嚥下時の違和感のみで受診されることがあるからです。

診断は? 多い疾患は?

咽喉頭異常感の診断は、簡単ではありません。先に書いたように、何かの原因が異常感の原因になっていることが意外に多いからです。原因には、局所的なものと全身的なものとの2通りあります。

(以下の文章は、各論文の報告からの記載が中心にになります。ご了解ください。)

一般に、耳鼻咽喉科を受診する患者さんの5-10%が咽喉頭異常感で受診されており、健康な人でも一度は症状があるときの統計は46%との報告があるくらいです。

咽喉頭異常感症は30-50歳台の女性に多く、女性の方が受診する機会が多いため統計的に多くなっているとの報告もあります。

咽喉頭異常感症の原因で最も多いのは、胃食道逆流症です。およそ半数近く(40-55%)がこの疾患が原因になって起こっています。

図33 胃食道逆流 (Gastroesophageal reflex disease, GERD)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Gastroesophageal_reflux_disease

胃食道逆流症(GERD)と診断された患者さんのじつに74%が咽喉頭異常感を訴えていたという報告があります。 →逆流性食道炎

胃食道逆流症の重症例だけでなく軽症例にも異常感が見られる頻度が高いこと、必ずしも胃食道逆流症の典型的症状がみられるわけではないこと、などが指摘されていますので、もっとも注意して診断すべき疾患です。

胃食道逆流症(GERD)は、慢性咳嗽(がいそう)も起こしてきますので、随伴する咳の症状への詳しい問診が必要です。 →咳が止まらない

次に多いのが、喉頭アレルギーです。12-15%くらいです。喉頭アレルギーは、ハウスダスト、ダニやスギ、ヒノキの花粉症によって慢性の咳や咽喉頭の掻痒感、違和感などが起こるものです。喉頭アレルギーは、通年性と季節性があります。通年性は1年を通して、季節性は主としてスギ、ヒノキ花粉症の時期に一致して起こりますが、イネ科花粉症やブタクサ花粉症など、花粉症は1年中起こりますので注意が必要です。
スギ、ヒノキ、シラカンバ花粉症の60%が咽喉頭異常感をきたすことが報告されています。

喉頭アレルギーの原因抗原を調べた研究では、通年性の喉頭アレルギーではハウスダスト、ダニ、ガ、季節性ではカモガヤが最も多かったとの報告があります。

喉頭アレルギーの診断基準として、アトピー素因(*)があること、鎮咳薬(咳止め)、気管支拡張薬の効果がないこと、抗ヒスタミン薬の投与で症状が消失すること、などがあげられます。喉頭アレルギーの診断基準には、”きびしい” 基準と、”あまい” 基準があります。

* アトピー素因 喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎のいずれかまたは複数の疾患を自分自身や家族が持っていることです。また、IgE 抗体を産生しやすい特徴もあります。

多くは通年性または季節性のアレルギー性鼻炎(花粉症)が起こりますので、アレルギー性鼻炎の正しい診断と病態の評価が必要です。

喉頭アレルギーの診断には、血液検査での特異的IgE抗体測定によるアレルゲン特定や末梢血好酸球数、血清総IgE値などの他に、鼻汁好酸球検査、副鼻腔CT、鼻腔内視鏡検査などによる、(アレルギー性鼻炎を含む)アレルギー疾患の確定診断が必要です。

咳が止まらない

慢性副鼻腔炎による後鼻漏(鼻汁が咽頭に流下する)があると、咽喉頭異常感症の原因になることがあります。

鼻腔や副鼻腔で産生された粘液の粘稠度が高くなった状態や、線毛運動機能低下により鼻副鼻腔粘液を排泄しにくくなったりした場合に、咽頭に流れてくる粘稠な分泌液を後鼻漏として自覚します。この後鼻漏を咽喉頭異常感として感じるものです。多くは、「鼻水がのどに降りてくる」、「鼻水がのどに張り付いている」などと表現されます。

このようなとき、ファイバースコープを使用して鼻腔から喉頭を観察すると、粘性の鼻汁が中鼻道や上鼻道から上咽頭へ連続した線状になって流れているのが観察されます。

鼻腔内視鏡検査や副鼻腔レントゲン、副鼻腔CTなどの画像診断で副鼻腔炎の診断を行い、マクロライド系抗菌薬を内服することによって多くは咽喉頭異常感も改善してきます。

甲状腺疾患が10%と言われています。

慢性甲状腺炎の約50%が咽喉頭異常感を主訴としていたと報告されていますので、疑われる場合には頚部エコー(超音波検査)などでの診断が必要です。

写真10 甲状腺(正常) 超音波画像
   黄色🟨↓が甲状腺

https://www.kuma-h.or.jp/kumapedia/encyclopedia/detail/?id=163

甲状腺は頚部前面、気管の前方、側方に位置していますので、甲状腺が大きくなると気管を圧迫します。

慢性甲状腺炎では、甲状腺全体がびまん性に腫大して前頚部を圧迫するため、50%以上に咽喉頭異常感が起こります。

甲状腺疾患が疑われる場合には、甲状腺エコー、血液検査による甲状腺機能検査、症例によっては頚部CTなどが必要になります。

悪性疾患、腫瘍の発見は、2-4%あると報告されています。咽喉頭異常感を主訴として受診して発見された悪性腫瘍は、50%が中咽頭がんでもっとも多く、27%が下咽頭がんであったとの報告があります。

とくに咽頭がんは、ある程度進行するまで無症状のことがあり、唯一の症状が咽頭の違和感であることも少なくありません。 →咽頭がん

そのため、ファイバースコープによるより注意深い観察が必要であり、場合によっては時間をあけた複数回の再検査が必要になります。

複数回の詳しい検査によっても咽喉頭に全く異常所見を認めない場合は、次に述べるような他の疾患から症状が起こっている可能性を考慮しながら、診断を進めていくことになります。

頚椎疾患による骨棘(きょく)の存在は、咽喉頭異常感の比率を増加させています。

写真11 頚椎の前面に骨棘(→)が存在する
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/henkeiseisekitsuisho/keitsuisho.html

骨棘とは、関節面の軟骨が肥大増殖して骨化したものです。棘(とげ)のようになることから、こう呼ばれています。変形性頸椎症などでみられます。これが頚椎骨に起こると、頸椎前面の棘のせいで、咽喉頭刺激になります。(写真11)

この頸椎前面の骨棘形成は、連続する複数の頸椎に及ぶことがあり、頸椎強直性脊椎骨増殖症(Forestier 病)とも言われています。

頸椎強直性脊椎骨増殖症では、前縦靱帯の骨化をともなって脊椎の強直をきたすため、頸椎C5前方に形成された骨棘の圧迫によって、下咽頭圧迫による嚥下障害、頸椎骨折や骨折後の遅発性の頸髄麻痺などを起こすことが報告されています。

図34 頸椎強直性脊椎骨増殖症
http://sanaiseikeigeka.web.fc2.com/ASH/TOPLL.html (三愛病院整形外科HP より引用)
C4、C5、C6、C7頸椎の骨癒合と骨増生、前方突出を認めます。下咽頭、食道入口部、頚部食道の圧迫、狭窄を起こします。(図34)

咽喉頭異常感症を訴える患者さんについて、60歳以上では42-56%に中等度から高度の骨棘形成が認められたとの報告があります。

骨棘は、頸椎のレントゲン検査を行うことで診断が可能です。さらに、骨棘形成による頸椎骨前面の骨体積増大によって、喉頭ファイバースコープで咽頭後壁の膨隆を認めます。

茎状突起過長症(Eagle 症候群)も咽喉頭異常感症の原因になります。これは、左右の茎状靱帯の石灰化、骨化によって茎状突起の骨化、延長が起こった疾患です。茎状突起は、側頭骨錐体下面から前下方内側に伸びており、内頸外頸動脈分岐部の直上までに達しています。

図35 茎状突起過長症の3D-CT
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/18166

図34の1例では3D-CTで計測された茎状突起の長さが60 mm 以上を示しています。正常値は欧米人で25 mm、日本人で16-17 mmと報告されています。

茎状突起過長症では、茎状突起の骨体、骨先端による咽頭壁への物理的な刺激以外に、舌咽神経の刺激、頸動脈周囲の交感神経刺激などが、咽喉頭異常感の直接の原因になるとされています。

頚部の腫瘍、腫瘤は、当然ながら咽喉頭異常感が起こることがあります。

神経鞘腫、頸動脈小体腫瘍、耳下腺深葉腫瘍、副甲状腺腫瘍、血管腫、脂肪腫、比較的大きな頚部リンパ節腫大、などです。

これらは物理的に咽喉頭の圧迫を起こしますので、咽喉頭異常感症の原因になります。

診断は頸部CT、MRIでの画像診断可能です。

喉頭、喉頭蓋の解剖学的な形態異常によって咽喉頭異常感症が起こることもあります。

喉頭が斜めに位置している斜喉頭、喉頭蓋が嚥下時に舌根部に接触する場合、などがあると言われています。

全身的な要因で起こっている咽喉頭異常感症は15%と言われています。

代表的な疾患には、鉄欠乏性貧血、Plummer-Vinson 症候群があり、糖尿病、重症筋無力症、狭心症などの虚血性心疾患、大動脈瘤、唾液分泌低下による口腔内乾燥、などが続きます。

Plummer-Vinson 症候群

咽喉頭異常感症を起こす代表的な全身疾患に、Plummer-Vinson (プランマービンソン)症候群があります。

Plummer-Vinson 症候群(以下、PV)とは、鉄欠乏性貧血、嚥下困難、舌炎、の3つを特徴とする疾患です。

月経や妊娠などによって鉄欠乏性貧血になりやすい30-50歳の女性に多く、偏食や極端な食事制限、ダイエット、ベジタリアンなどの嗜好によって体内の鉄分が不足したり、または潜在的な鉄分の不足で発症します。
鉄欠乏性貧血の10%以上がPVであるとの報告もあります。

その他に、慢性胃炎、胃十二指腸潰瘍、胃がん手術後などの鉄吸収の障害によっても起こります。

舌の乳頭は萎縮し赤く平坦な舌表面になり、口角炎も合併します。

写真12 Plummer-Vinson 症候群の
   赤く平坦な舌
https://aofc-ydc.com/od-tongue-Plumer-Vinson-Synd1.html

PVは、頚部食道前壁に食道粘膜のweb形成(膜様狭窄)を生じやすく、物理的な嚥下障害の原因になります。

写真13 Plummer Vinson 症候群の食道web
    (膜性狭窄)
https://aofc-ydc.com/od-tongue-Plumer-Vinson-Synd1.html

食道webは、PVに常に存在するわけではありませんが、鉄欠乏性貧血を長期間放置すると食道粘膜に輪状の瘢痕狭窄(きょうさく)を起こして、高度の食道通過障害をきたすことが報告されています。

嚥下困難は固形食や水分の少ない食事の際に起こりやすい傾向があります。

またPVには、しばしば下咽頭がんが合併することが報告されているため、注意が必要です。

ビタミンB1、B2、Cの欠乏もともなうことがあると言われていて、慢性的な低栄養の関与が考慮されています。

全身的には、鉄欠乏性貧血によって指の爪が反りかえる匙状爪(スプーンネイル)がみられます。

写真14 匙状爪(スプーンネイル)
    鉄欠乏性貧血による
https://aofc-ydc.com/od-tongue-Plumer-Vinson-Synd1.html

典型的な食道webまでをともなうPV症例は、多くはないとされており、実際は鉄欠乏性貧血による食道粘膜の萎縮性変化、退行性変化による嚥下困難が、ひいては嚥下時の咽喉頭異常感につながっているものと推察されます。

PVを発症するとされる鉄欠乏性貧血は、全身的には、動悸、息切れ、易疲労感、全身倦怠感、顔色不良などの症状をともないますが、貧血が緩徐に進行した場合は慢性的な貧血に体が順応してしまい、症状が出ないことも多いため注意が必要です。

鉄欠乏性貧血は、一般に血液検査で血清鉄、フェリチン、鉄を運搬するトランスフェリンとの結合能(TIBC)などを測定することで、診断が可能です。

しかし慢性的な鉄欠乏性貧血は、過多月経をふくむ婦人科疾患のほかに、消化管からの無症状持続性の出血などがあるため、場合によっては、産婦人科医師や消化器内科医の診断が必要になります。また、血液疾患からの貧血の可能性が考えられる場合には血液内科医の診察が必要です。

内頸動脈走行異常

加齢や動脈硬化による、内頸動脈の蛇行、走行異常を見ることがあります。

喉頭ファイバースコープによる高齢者の観察中に、咽頭側壁、後壁粘膜の心拍と一致した拍動が観察されます。

このような症例では、内頸動脈の位置異常、血管拍動による咽頭壁の持続的な刺激などが複合して、咽喉頭異常感症の1因となると考えられます。

このような症例が観察された場合は、咽喉頭異常感症として診断、治療を行うよりも、まずは全身の循環動態、血圧のコントロール、動脈硬化の程度、などの心血管病変の異常を診断することが最優先となります。近年では、内頸動脈エコーによって、動脈の血管壁に存在する壁在血栓の有無や程度を正確に評価することが可能です。

循環器内科医へのコンサルトを行なって、頚部血管のプラークからの血栓による将来的な脳梗塞の可能性、脳血管障害のリスク評価を厳格に実施すべきです。

循環器内科専門医への紹介が必須となります。

更年期障害

一般に、女性に特徴的な更年期障害が咽喉頭異常感症の原因になっている、または増悪因子になっているとの報告がなされてきました。

結果的に現在では、更年期障害単独での咽喉頭異常感症との関連は考えにくいことが結論づけられています。

現在は、更年期女性の咽喉頭異常感は、更年期障害単独によるものではなく、自律神経失調をともなう精神疾患の1つと位置づけられています。そのため、必要に応じて心療内科医による診断と治療の併用が必要であることが提唱されています。

精神的な疾患

最後に、精神的な疾患の1つまたはいくつかが、咽喉頭異常感の原因になっている可能性を考えておかなければなりません。

実際に耳鼻咽喉科外来を訪れる患者さんの中で、神経症、心身症、うつの患者さんの割合は5%であるとの報告があります。

うつ病の患者さんの3.8%は耳鼻咽喉科を初診されていると言われており、耳鼻咽喉科外来診療においての全人的な診断の必要性が考えられます。

当然のことながら、このような患者さんが疑われた場合には、心療内科における、精神科専門医の診断と治療が必要になることは言うまでもありません。

このように更年期障害、精神疾患の可能性が考えられる場合においても、耳鼻咽喉科領域の各種検査をしっかり行なって、悪性腫瘍をはじめとした重大な疾患の除外診断は、必ずきちんと行なっておく必要があります。

原因が見つからないとき

原因が見つかる咽喉頭異常感症は80%です。

逆に原因が見つからない咽喉頭異常感症は20%あることになります。真性咽喉頭異常感症と診断される疾患です。

真性の咽喉頭異常感症については、注意すべき点は2つと思われます。1つは、本当に何か原因がないかどうか可能な限りの検索を行うこと、もう1つは、悪性腫瘍を見逃さないことです。

その2つが十分可能な場合は、症状を和らげる治療方法を個人個人に合わせて考えていくことが重要になります。

診断の進め方

咽喉頭異常感を訴える初診の患者さんに対しては、まず胃食道逆流症、喉頭アレルギー、慢性甲状腺炎、悪性腫瘍の可能性などを念頭に置いて検査を進めます。

これらの疾患の中で、疾患の頻度順に1つ1つ除外診断を行なっていきますが、それとは逆に、最も重要性の高い事項は、”悪性疾患の除外診断” です。

欧米での咽喉頭異常感症の多くは、Globus pharyngeus 、Laryngopharyngeal reflux (LPR) と呼ばれていますが、最も重要視されている項目が経過が長いこと、すなわち悪性疾患が除外されていることとされています。

時期を変えた複数回の内視鏡検査、前述したModified Killian’s method を用いた内視鏡検査の実施、NBI 内視鏡の使用、などによって、徹底的に悪性疾患がないことを確認します。

悪性疾患が完全に除外されたら、頻度順による疾患の鑑別診断を進めながら、高齢者では頸椎のレントゲン検査、頚部CTによる骨棘の有無、頸椎強直性脊椎骨増殖症がないかどうかを調べます。さらに、頸動脈エコーによって内頸動脈の走行異常がないかどうかを確認します。

頚部のレントゲン、頚部CTによって茎状突起過長症がないかどうかを確認します。

血液検査で貧血の検査が必要であることがわかりました。

また女性の場合は年齢によって、更年期症状による症状悪化の可能性を考えないといけません。

さらに、全人的な診断を行うことで、うつ病などの精神神経疾患の可能性を常に念頭に置いておく必要があります。

また、加齢によって起こるさまざまな症状が、結果的に咽喉頭異常感症をきたす原因になることもあります。

例えば、唾液の分泌減少による口腔乾燥症は痰が粘稠になりやすく、咽頭の乾燥感とあいまって、咽頭の異常感を起こすことがあります。

既往症などの全身的な疾患について、あらゆる角度からの検索が必要になります。

現在治療されている疾患について、また内服している薬についても、詳しい問診が必要なことは言うまでもありません。

どうしても原因が見つからない咽喉頭異常感症については、症状を少しでも和らげるために、心療内科的なアプローチも必須となってくると思われます。

治療は?

咽喉頭異常感症の診断について書いてきました。最後に治療についてです。

咽喉頭異常感症の治療は、一言で言えば、各診断に基づく治療です。言い換えると、診断さえ正しく行われていれば、あとは治療方法が確立されていますので、治療の方向性に大きな変化はありません。

胃食道逆流症では、プロトンポンプインヒビター(PPI)の内服が第一選択です。

喉頭アレルギーでは、抗ヒスタミン薬の内服が第一選択です。

Plummer-Vinson 症候群には、鉄欠乏性貧血のの治療として、鉄剤の内服とあわせてビタミンB、Cの内服が第一選択です。

甲状腺疾患に対しては、甲状腺炎の分類や程度に合わせて治療を選択します。

骨棘椎強直性脊椎骨増殖症茎状突起過長症に対しては、それぞれの疾患ごとの治療方法に準じた治療を選択します。

万一、腫瘍性疾患が疑われるときは、病期分類と進行度に合わせて悪性腫瘍の診断と治療方針が慎重に検討されます。

更年期症状が疑われるときは、婦人科専門医への受診が必要です。

うつ病などの精神疾患が疑われるときは、精神科専門医への受診が絶対に必要になります。

謝辞

* 上記記載の多くの報告を以下の先生方の論文や学術誌記載から抜粋、引用させていただきました。感謝申し上げます。

愛甲健 先生 
横須賀市立うわまち病院 耳鼻咽喉科
(現 倉田耳鼻咽喉科)
折舘伸彦 先生 
横浜市立大学医学部耳鼻咽喉科頭頸部外科教授
内藤健晴 先生
藤田医科大学耳鼻咽喉科頭頸部外科教授

何が重要なのか?

咽喉頭異常感症は、診断が最も重要になります。一見、特徴的な所見に乏しいところから少しずつ情報を集めて最終的に正確な診断を下します。あとは、決められた治療方法にしたがって治療を行います。

それぞれの疾患の治療方法については紙面の関係上、ここで詳細には書きませんが、診断が確定していれば、ほぼ決まった治療方法が選択されてきます。

咽喉頭異常感症については、” 診断がすべて” であり、すなわち、

本当に ” 咽喉頭異常感症なのか?”

言い換えると、

 ” 本当に何もないのか?”

これが最も重要なことなのです。

どうすれば良いか?

あなたがもし、咽喉頭の異常感を感じてそれがなかなか治らないとき、どうすれば良いでしょうか。

答えはひとつです。

必ず、かかりつけの耳鼻咽喉科医に相談してください。

本当に何もないのか?

それを確かめてもらえば良いのですから。

喉に何かあるような感じがする…(イメージ)

院長 定永正之

定永正之(さだながまさゆき)
耳鼻咽喉科医師・耳鼻咽喉科専門医

先代から50年、宮崎県宮崎市で耳鼻咽喉科診療所を開業。一般外来診療から手術治療まで幅広く耳鼻咽喉科疾患に対応しています。1990年宮崎医科大学卒。「治す治療」をコンセプトに日々患者様と向き合っています。土曜日の午後も18時まで外来診療を行っていますので、急患にも対応可能です。
https://www.sadanaga.jp/

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