咳が止まらない -咳はどうして出るのか? なぜ咳が止まらないのか?-

「コンコン、コンコン。」

何もしてない時に突然咳がでて、なかなか止まらない。こんな経験をしたことはありませんか?

咳を止めようと思っても、自然にせりあがってくるような咳…。苦しいですよね。長く続く咳は、気力、体力を奪います。咳が止まらないと、仕事中も集中できません。人と会って話すとき、職場での時間、家族との時間など、日常生活でさえ困ります。車の運転中も咳き込むと安全ではありません。我慢できない痛みで苦しむのとはすこし違いますが、咳は咳で苦しいものです。

ところで、咳とはいったい何でしょうか。
どうして咳が出るのでしょうか。

熱もなく、風邪でもなく、ただ咳だけがいつまでも止まらない…。
コンコンと空咳が何週間も続いている…。

今回はこんな苦しい「咳」について、書いてみました。

咳が出ると… コロナ?

咳について話すときに、必ず考えなくてはならないことがあります。それは、新型コロナウイルス感染症の存在です。

とくにここ数年は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、” 咳が出ていること ” が周囲から非常に冷たい目で見られるという社会の風潮がありました。

全国の医療機関においても、新型コロナ感染の有無が不明の場合は周囲の患者さんへの感染のリスクが考慮され、一部の特殊な感染症専門外来を除いては、抗原検査やPCR検査を行うまで咳の出ている患者さんを院内で診察できない状況が続いていました。

新型コロナウイルス感染症が、令和5年5月から感染症法の5類に引き下げられることで、ややハードルは下がりますが、やはり新型インフルエンザ感染症と同様、基本的に、” 院外待機を原則とする疾患 “であることは変わりません。

このことは、2023年現在、咳を論じるときに避けては通れない事実ですが、この扱いについては議論の余地がありますので、また後日に論じることにしましょう。

咳って何?

咳とは、いったい何でしょう。

医学用語を使えば、咳は「咳嗽(がいそう)」と言います。しかし、まだしばらくは「咳」のままで、話を進めたいと思います。

みなさん、咳はのどがやられて出ると思っていませんか?

違います。咳はほとんど、” 気管、気管支、細気管支のいずれかに異常があるとき ” 、出るのです。まずこの点をしっかり理解してください。

咳は、確かに喉(のど)から出てきます。
しかしそれは、喉(のど)が気管、気管支、細気管支から空気が出てくる通り道なのであって、喉が原因で咳が出るわけではありません。

「ほとんど、」と書いたのは、喉頭の刺激で誘発される咳もたしかにあるから、です。喉頭の刺激ででる咳は、心拍数に関係したり特殊なものがあります。また別の頁で書くことにして、ここでは一時省略したいと思います。

咳がおもに気管や気管支から出るという事実は、はからずも新型コロナ感染症の拡大によって、皆さんが呼吸器疾患について非常に多くの知識を蓄える事ができたことで、簡単に理解していただけると思います。

では、咳とはいったい何でしょうか?

まずは、咳が出るメカニズム(?)について、知ってください。

咳と咳払い

咳は神経反射です。

自分で咳払いをすることもできますが、” 咳払い “は、基本的に意思の力で減らすことが可能です。

咳払いは、喉がイガイガしたり、痰がからんだり、異物感が強いときに、意識的に(自分の意思で)空気を吸って、咳として出します。すなわち、自分で咳を出すタイミングを選べるのです。

本来の咳は、神経反射ですので、基本的に意思の力で止めることはできません。

例えば、食事中に気管に食べものが入ったとき、水を飲んでいて急にむせたとき、瞬間的に自分の意思とは関係なく、突然大きな空気の呼出(こしゅつ)が起こります。これが本来の「咳」です。

まず、咳と咳払いを、区別して考えなければなりません。

喉からではない

咳はどのようにして出るのでしょうか?

「咳は、喉からではありません!」と言っておきながら、まずお見せするのは、喉頭の解剖学的構造です。

写真1 正常喉頭 normal larynx

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%96%89%E9%A0%AD

前方に蓋のような喉頭蓋(がい)、その内側のすこし深い位置に左右に見える白色の声帯、後方の堤(つつみ)のように盛り上がった被裂(ひれつ)部が確認できます。(写真1)

喉の痒みなどでアレルギー反応が起こると、咳が出ることがあります。これは、喉頭アレルギーといって、花粉症などでも起こります。

しかし、ここに喉頭の画像をお見せしたのは、喉頭アレルギーを説明するためではなく、咳が出るとき、喉頭がどのように動くのかを知っていただくためです。

咳は3つのフェイズからなります。

まず瞬間的な大きな吸気から始まります。(①)

一瞬で空気を吸って次の瞬間、声帯を閉じて声門下の空気を圧縮し、気道内圧を高めます。(②)

気道内圧が十分上昇したら、声門を開き、一瞬で大きく空気を呼出します。(③)

これが一連の動作として短時間に行われるのが「咳」です。

咳の一連の動作中、大きな吸気直後から呼気を呼出する直前までの間、声門をしっかり閉じて空気の漏れがないようにし、この間気道内圧が十分上昇するまで声門を開きません。この動作に” 喉頭 “が関与しています。

つよい空気の呼出(激しい咳)のためには、声帯のつよい閉鎖が必要になります。

咳にはどんな種類がある?

咳の分類については、日本呼吸器学会の定義があります。

3週間未満で治まる咳は、急性咳嗽(がいそう)、3週間以上8週間未満の咳は遷延性(せんえんせい)咳嗽、8週間以上続く咳を、慢性咳嗽といいます。

3週間未満で治まる咳は、かぜ(急性上気道炎)などのウイルス感染症によるものが多く、気道の炎症が治る過程と考えられています。

一方で、8週間以上続く咳は、感染症以外の原因が多くなっています。

図1 咳嗽の分類 (日本呼吸器学会)

https://www.showa-kokyuki.com/medical_treatment/243/

もちろん、週数で厳密に線引きできるものではありませんが、比較的早く治まってくる咳は、まずそれほど心配しなくて良いと思います。

8週間以上咳が続く慢性咳嗽は、原因が何なのか、正しく診断する必要があります。

もう一度、咳とは?

もう一度、咳とは何でしょう。

咳の出方はわかりました。でも私たちが咳が出るとき、体の中ではいったいどんな反応が起こっているのでしょうか。

まず、基本的な知識の理解が必要です。


気管・気管支・肺

咳について理解するために、気管、気管支、肺の構造としくみを知る必要があります、

図2 ヒトの呼吸器 (気管・気管支・肺)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Respiratory_system

人の呼吸器系の構造です。呼吸は、鼻腔や口腔からはじまっています。空気は喉頭を通過し、気管へ、そして2分岐して左右の太い主気管支へ、さらに分岐していくつもの気管支が出て、やがて細気管支へと入っていき、最後は肺胞と呼ばれる、ブドウの房状の袋で終わります。(図3、図2 右上)

図3 喉頭から気管、気管支の構造

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Carina_of_trachea

太い気管から主気管支、気管支、細気管支へと続く分岐が示されています。(図3)

このいずれかの部分の刺激が、咳を誘発します。

咳を起こす神経は?

咳の刺激を脳に伝える神経は、迷走神経です。

図4 副交感神経の分布
   (parasympathetic innervavion)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%89%AF%E4%BA%A4%E6%84%9F%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB

自律神経の一部を構成している副交感神経の中で、いちばん大きな役割を果たしているのが、迷走神経です。

迷走神経( NX(Vagus) )は、全身の臓器に分布しますが、このうち気管支、肺を支配する迷走神経からの刺激が咳反射を起こします。(図4)

実際には、生体内の咳反射に関与する神経は迷走神経のほかに、舌咽神経、副神経、舌下神経、横隔神経、肋間神経などがあります。

しかし、気管、気管支、細気管支などの呼吸器系からの刺激は、すべて迷走神経が担っています。

どの神経線維?

迷走神経の知覚神経終末には、有髄神経の「Aδ 線維」と無髄神経の「C 線維」があります。

咳を起こす刺激は、喉頭、気管、気管支に分布する有髄神経のAδ 線維が伝えます。

気管、気管支には、気管支無髄C線維(bronchial C fiber) “と呼ばれる無髄神経線維が分布しています。

この無髄C 線維は、直接ではなく、間接的にAδ 神経線維を刺激して、咳の刺激を中枢に伝えます。

” 咳の刺激は、最終的に、有髄神経のAδ 線維からの刺激と、無髄神経のC 線維に刺激されたAδ 線維からの刺激が、中枢に伝達されるしくみになっています。”

* Aδ 線維 有髄神経でもっとも細い神経
      皮膚の温痛覚などを感知する
      直径 3 μm 伝導速度 15 m/s

* C 線維 無髄神経 皮膚の温痛覚を感知する
     直径 0.5 μm 伝導速度 1 m/s

図5 有髄神経
(髄鞘 Myelin sheath をもつ神経線維)

髄鞘を省略する跳躍伝導をするため、神経の伝導速度が非常に速い特徴があります。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Axon

* 咳の刺激受容体(irritant receptor)は、有髄神経ですので(Aδ 神経線維)、神経の伝導が非常に早く伝わります。(15 m/秒)

刺激受容体(irritant receptor)

Aδ 神経線維の神経末端に、刺激を感知する受容体(レセプター)があります。これを、刺激受容体(irritant receptor, Rapidly adapting receptor, RADs)と呼びます。

図6 咳の求心性神経であるAδ神経線維は気管支の呼吸上皮細胞へ分布している

https://www.researchgate.net/figure/Airway-sensitization-and-irritation-Large-proportions-of-C-and-A-d-fiber-afferents-in_fig5_51807368

図7 Bronchiole (細気管支)のirritant receptor からの刺激は、迷走神経を上行する

https://www.bjanaesthesia.org.uk/article/S0007-0912(19)30077-7/fulltext

” 咳の刺激は、Aδ線維とC線維末端にあるirritant receptor から入力され、迷走神経を上行することがわかりました。”

P2X3受容体

ATP受容体のP2X3受容体が、irritant receptor と同様に、咳反射の受容体として、重要な働きをしていることがわかってきました。(図7)

P2X3受容体とは、気管、気管支に分布するC線維に発現しているATP受容体です。気道の慢性炎症があると、炎症の産生物であるATPが呼吸上皮細胞から気道内へ放出されます。細胞外へ放出されたATPがP2X3受容体と結合することで、” 気道上皮が損傷を受けたサイン “とみなされ、咳が誘発されます。

原因不明の慢性咳嗽の場合、考慮すべき病態の1つです。

近年、選択的P2X3受容体拮抗薬が開発され、「 難治性慢性咳嗽」に対して臨床応用されています。

* P2X3受容体
全身の中枢神経、末梢神経、自律神経、心筋、骨格筋、血管、精管、膀胱の平滑筋などで” 筋収縮の開始 “をつかさどる受容体です。ATPと結合して反応を開始します。現在、P2X1-P2X7まで7種類のサブユニットが報告されています。P2X1受容体は平滑筋細胞に多く、P2X2受容体は自律神経系に広く分布しています。P2X2とP2X3は感覚神経(知覚神経)に発現していて、機能的には1つのものとしてP2X2/3受容体と呼ばれています。


咳の刺激はどこに伝わる?

咳の刺激は、脳幹にある延髄に伝わります。

延髄の孤束(こそく)核と呼ばれる神経核(咳中枢)に迷走神経の電気信号が伝わり、ここから、同じく延髄にある網様体(reticular formation)に信号が伝わります。

延髄の網様体は、呼吸中枢の一部ですから、ここから各呼吸筋に信号が発射されて、咳反射が起こるのです。

図8 脳幹部にある延髄(medula oblongata)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E9%AB%84

図9 延髄の横断面 (左上方に孤束核)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E9%AB%84

* 延髄の孤束(こそく)核が、咳中枢です。
ここに、迷走神経からの刺激が入ってきます。(図9)

呼吸筋

延髄の網様体からの信号は、一連の咳反射で働く各呼吸筋に伝わります。

実際の咳反射では、迷走神経、横隔神経、肋間神経、舌咽神経、副神経、舌下神経などの興奮によって、多くの呼吸筋、横隔膜、内喉頭筋などが連動して、咳が出ます。

咳反射とは?

咳は神経反射です。
まとめると以下のようになります。

① 喉頭、気管、気管支の上皮細胞や上皮細胞下にはAδ神経線維が分布していて、神経末端に” 刺激受容体(irritant receptor, Rapidly adapting receptor, RADs) “が存在します。この受容体が咳反射の中心となる咳受容体です。

② 気管、気管支の上皮細胞間には” 気管支無髄C線維(bronchial C fiber) “と呼ばれる神経線維が分布しています。このC線維がヒスタミン、ブラディキニンなどで刺激されると、神経末端からP物質(SP)やカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が逆行性に放出されてこれらの物質が①の刺激受容体(irritant receptor)を刺激します。

③ 結果的に①、②の刺激が迷走神経を介して、脳幹にある” 延髄孤束(こそく)核の咳中枢 “に伝わります。

④ 延髄孤束核の” 咳中枢 ” から延髄腹側にある延髄網様体の” 呼吸中枢 ” へ刺激が伝わります。

⑤ 延髄網様体の ” 呼吸中枢 ” から、喉頭、肋間筋、横隔膜などへ刺激が伝達されて、連動する呼吸運動として咳が起こります。

これが大まかな咳反射です。

* 気管支無髄C線維(bronchial C-fiber)は、咳誘発に働きます。

* 肺胞にあるC線維(pulmonary C fiber)は、咳反射の抑制に働きます。

* 最近では、咳反射は脳幹反射だけでなく、大脳辺縁系の皮質下にも刺激が伝達されて、意識的な咳衝動(urge to cough)が咳反射の調節に関与していることが解明されています。

* ATP受容体のP2X3受容体が、従来のirritant receptor以外に新たに咳受容体として働いていることが解明されています。

すなわち、簡単にまとめると咳は、

” 気管支上皮細胞にある、刺激受容体(irritant receptor, RADs)、C線維、P2X3受容体からの刺激が、延髄の咳中枢へ伝わり、延髄の呼吸中枢からの刺激が肋間筋や横隔膜などの呼吸筋へ伝わって、反射的な急激な空気の呼出が起こるもの “

であることが理解できました。

すこし難しく書きましたが、咳は基本的に延髄反射であることが理解できたと思います。

(前回の記事もぜひ参考にしてください。)

  →咳(せき)

なぜ咳が出るの?

咳のメカニズムは理解できました。では、咳はいったい何のために出るのでしょう。

「気管に入った異物を出すためだろう?」

そうですね。ではなぜ異物を出さなければならないのでしょうか。それについてすこし説明したいと思います。

気管、気管支の粘膜は、何度も書いてきましたが、線毛運動機能をもった呼吸上皮です。

写真2 呼吸上皮の線毛(cilia) (気管)
   走査電子顕微鏡(SEM)像

気管の呼吸上皮細胞表面から突出する線毛(Cilia)です。波打つような線毛運動によって表面にある粘液層を移動させます。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Cilium

図10 呼吸上皮細胞(respiratory epithelium)
   のイラスト(気管支)

particulate 微粒子 Cilia 線毛
Ciliated columnar epithelial cells 線毛上皮細胞 Mucous layer 粘液層
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Respiratory_epithelium

矢印の方向(→咽頭)に向かって粘液層(mucous layer)が、ベントコンベアのようにすこしずつ移動していきます。これが気道分泌物です。これを気道液または喀痰(sputum)と言います。

正常の気道分泌物は、下気道で1日に100ml 産生され、再吸収や蒸発を経て、そのうち10ml が喉頭に達すると言われています。

粘液層(Mucous layer)は、実際には上下2層に分かれています。上層は粘液層(ゲル層)で、下層は線毛周囲層(ゾル層)です。

上層はムチンが主成分で粘弾性が高く(どろっとして)、下層は水分が主成分で抵抗が少なく線毛が動きやすくなっています。

呼吸上皮細胞の線毛運動によって、病原体や異物を捕捉したゲル層がゾル層の上をスライドし、1分間に数 cm ずつ移動します。
ゲル層とゾル層の間には肺胞サーファクタントが存在して、滑りやすくなっています。

ゲル層のムチン成分は、杯細胞や粘液細胞から分泌されたムチンの、MUC5AC、MUC5Bから構成されています。とくにMUC5ACは呼吸上皮細胞上の粘液層、ゲル層のムチンの主成分になっていて、呼吸上皮細胞の線毛運動機能の維持に非常に重要な役割をもっています。

ゲル層のムチンの主成分、MUC5ACは代表的なアレルギー疾患である喘息や、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などで、分泌が増加することが知られています。”

図11 ムチンの構造 
   分子量100万-1000万の巨大糖タンパク
   中央のコアタンパク質に無数の糖鎖
   (glycoprotein)が結合している

正常な気道では、このゲル層を主成分とする気道分泌物の量と線毛運動のバランスがうまくとれています。

しかし、例えば風邪を引いたときはどうでしょう。

風邪をひいたとき

風邪の90%以上はウイルスによって起こります。

風邪のウイルスは、鼻や口から吸入されて鼻咽腔に定着したあと、気管支、細気管支の内腔に1列に並んでいる呼吸上皮細胞に侵入します。

細胞外で増殖できる細菌と違ってウイルスは細胞内に入らないと生きていけませんから、気管支の呼吸上皮細胞に侵入したウイルスは、自分のRNA遺伝子をほどいて自分自身のウイルス複製をはじめます。ウイルスを複製すると細胞から出ていき、また次の細胞に侵入します。ウイルスに感染した細胞は死滅します。

こうして気管支、細気管支の呼吸上皮細胞がつぎつぎにウイルスに感染されると、生体の免疫応答がおこり、NK(ナチュラルキラー)細胞が集まってきて、ウイルスに感染した呼吸上皮細胞をどんどん壊してしまいます。

また死滅したり、ナチュラルキラー細胞に壊された呼吸上皮細胞は細胞の機能を失って気管支壁から剥がれ落ちてしまいます。そのため、呼吸上皮細胞の正常な線毛運動機能が著しく障害されて、気道分泌物をより太い気管の方へサラサラと運べずに、気管支内に貯留してしまいます。

免疫応答で細気管支に集まってきた各種免疫細胞からケモカインと呼ばれる生理活性物質が放出されて、呼吸上皮細胞はたくさんの粘液を産生します。さらに呼吸上皮細胞下にある血管の透過性を亢進して血漿成分が浸出し、細気管支内が腫脹して壁が厚くなり、気管支内は滲出液がどんどん増えます。死滅した感染細胞は粘液と混じって栓(mucous plug)となり、肺胞まで空気が入りにくくなります。

図12 気管支炎(Bronchitis)
上図 正常 下図 気管支炎(Bronchitis)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Bronchitis

図13 気管支炎(Bronchitis)
Fig.1 Bronchial tube の位置
Fig.2 normal (正常)
Fig.3 Bronchitis (気管支炎)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Bronchitis

このとき、気管支、細気管支内には多量の粘液、滲出液、粘液栓などがつまっている状態です。(図4)

局所の炎症によって産生されたヒスタミン、ブラディキニン、プロスタグランジン、などが気管支壁に分布しているAδ神経線維の咳受容体を刺激して、これらを気管支から除去しようとします。

これが大まかに、” 風邪によって咳がでるメカニズム “です。

この貯留した気道分泌物(喀痰、かくたん)を、
” 咳(せき)によって出す ” のです。

このとき、多量の気道分泌物(痰)や炎症性メディエイター()、代謝産物は、気管支呼吸上皮細胞間に分布する咳受容体( Rapidly adapting receptors, ARDs)を刺激しますから、咳反射を誘発します。

* 炎症性ケミカルメディエイター
アセチルコリン、ヒスタミン、セロトニン、ブラディキニン、プラスタグランジン、P物質 など

このように、咳は感染などの侵襲から生体を防御するための、重要なはたらきを担っています。

誤嚥したとき

もう1つ、咳には重要な働きがあります。

それは、高齢者における嚥下機能の低下と連携した咳反射の低下に関することです。

高齢者では嚥下機能が低下して誤嚥を起こしやすくなっています。咳反射が十分保たれている場合は、食物塊などを誤嚥した際にも、咳反射によって異物の喀出が可能です。

ところが、咳反射の低下を合併している高齢者では、誤嚥に対する抵抗力が非常に弱くなります。そのため、誤嚥性肺炎を起こしやすく、結果的に重篤な生命の危機に陥ることが多くなってしまいます。

咳は命を守る

このように、” 咳はなぜ出るのか “を考えたとき、咳はつらい症状だけではなく、「生命を守るための重要な生体の反射である」と言うことができます。

長く続く咳の原因は?

風邪などのウイルス感染症のとき、どうして咳が出るのかは、前章で理解できました。

風邪のあとの咳は、しばらく咳が続くときでも多くの場合は短期間で自然に治ります。これを感染後咳嗽といいます。

問題は日本呼吸器学会が定義している8週間以上続く咳、いわゆる慢性咳嗽です。
長く続く咳の原因は、いったい何でしょうか。

まず、知っておいてほしいことは、長く続く咳の原因として、感染症の可能性は非常に低いという事実です。

感染症は急性疾患です。そのため、発症から治癒まで、病態が常に変化していきます。その時期に合わせて、さまざまな症状が起こり、多くの場合、常に変化します。

ところが、8週間以上続く咳は多くの場合、症状のアップダウンがあまり見られません。それぞれの疾患ごとに特徴のある咳はみられるのですが、同じ患者さんで症状が目まぐるしく変わる、などということはあまり経験しません。

まずこの点が重要です。

慢性咳嗽は病態が固定しています。すなわち、何か原因があって、そのために咳が続いている、と考えられるのです。

その原因を正しく診断しなければなりません。

慢性咳嗽について議論する前に、1つだけ重要なことがあります。それは咳の分類です。

湿性咳嗽と乾性咳嗽

咳は、大きく2種類に分けられます。湿性咳嗽と乾性咳嗽です。

湿性咳嗽は、ゼロゼロ、ゴホゴホの咳です。痰が絡んだ、湿った音がする咳のことです。

乾性咳嗽は、コンコン、と乾いた音がする咳です。

この咳の音だけで、慢性咳嗽の疾患について、ある程度、診断の予測が可能です。

慢性咳嗽のおもな原因

まずいきなり、慢性咳嗽の原因疾患を並べます。

① 喘息 ② 咳(せき)喘息 ③ 胃食道逆流症 ④ アトピー咳嗽 ⑤ 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
⑥ 副鼻腔気管支症候群 ⑦ 間質性肺炎 ⑧ 肺結核 ⑨ 肺がん ⑩ 薬の副作用 

( 日本呼吸器学会 咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019 )

この他に感染後咳嗽(11)があります。感染後咳嗽には多くの場合、明らかな原因は見つかりません。

この疾患を見て、何か思うことはありませんか? 

そうです。意外にも呼吸器の病気ではなさそうな病気が原因にあがっていますね。

例えば、③ 胃食道逆流症、⑥ 副鼻腔気管支症候群、⑩ 薬の副作用、などです。
③は消化器疾患ですし、⑥は副鼻腔炎です。⑩薬の副作用で咳が止まらなくなるなんて、知りませんでした… (と言われそうです)。

じつはこのうち、③ 胃食道逆流症、⑥ 副鼻腔気管支症候群の2つは、慢性咳嗽の原因として非常に多くみられるものなのです!

次に代表的な疾患を簡潔にみていきましょう。

1. ぜん息

「多くの異なる刺激に反応して、過剰な気管支平滑筋収縮を引き起こす再発性の気道過敏性と気道の慢性炎症」が気管支喘息と定義されます。

図14 喘息(Asthma)による気管支攣縮
  (bronchospasm) 右図 喘息発作

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Bronchospasm

気管支平滑筋の収縮による、気管支攣縮(bronchospasm)のようすを図5右に示しています。ちょうど柔らかいチューブ(気管支)を定間隔に巻きつけた糸で縛りつけて段々になっている状態です。

これが、喘息発作時に起こる病態です。非発作時には、全くふつうの気管支の状態と変わりありません。

喘息は、幼児期に発症することの多い「アトピー型」と40歳以上の成人発症に多くみられる「非アトピー型」の2つに分類されます。

喘息の特殊なタイプに” アスピリン喘息 “があります。主としてCOX阻害薬に対する過敏性が原因となる非アレルギー性の喘息です。

アスピリン喘息については、紙面の関係で今回は省略します。

図15 喘息による気管支収縮(bronchocontriction)
Fig.B 正常 Fig.C 喘息発作時

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Asthma

症状は、発作性の喘鳴、咳、息切れ、胸部圧迫感などがあります。(これらの症状は時間により程度が変化し、多くの場合は、ステロイドや気管支拡張薬の吸入によって改善します。)

特徴的な臨床症状、喘息発作の既往、喘息の発作時と間欠期の存在、吸入ステロイド薬または気管支拡張薬の効果、などから比較的診断は容易です。

喘息発作時には聴診で呼吸音の異常をみとめます。wheeze(ウィーズ)、piping rale などの笛声音、rhonchi(ローンカイ)などが聴取されます。

喘息増悪時には呼気時間の延長を認め(吸えないのではなく、息が吐けない)、進行すると呼吸数増多(tachypnea)や陥没呼吸などをみとめます。酸素飽和度(SpO2)の低下やチアノーゼの出現、呼吸音の減弱などがみられる場合は、緊急性の高い状態になります。

図16 喘息発作時の気管支(bronchiole)

https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Category:Asthma#/media/File%3AAsthma_attack.PNG

喘息発作が高度になると気管支内腔が粘液栓(せん)で閉塞してしまいます。したがってその気管支より末梢は、呼吸に関与できなくなります。呼吸音が聴こえない、Silent chest は喘息の最重症型の1つです。(図7、図8)

喘息などのアレルギー疾患では、杯細胞から分泌されるムチンのMUC5ACの分泌量が増加するため、喘息発作時には大量のムチンが喀痰中に増加して、非常に粘稠な喀痰、いわゆる粘液栓(せん)を形成します。これが、喘息発作時の呼吸不全を起こす原因に1つになっています。

図17 喘息(Asthma) 発作時の粘稠な粘液栓
  粘液栓がブロック状に気管支、細気管支を
  閉塞している(イラスト)

https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Category:Asthma

喘息には、遺伝的素因と環境素因の2つの因子があると言われています。
12歳未満で発症した喘息には遺伝的素因が、12歳以上で発症した喘息には環境素因が、それぞれ深く関与していると言われています。

喘息の治療は、吸入ステロイド薬(ICS)と吸入気管支拡張薬である、長時間作用性β2刺激薬(LABA)が、治療の中心となります。

 ICS inhaled corticosteroid
   吸入ステロイド薬

 LABA long-acting β-agonists
  (長時間作用性β2刺激薬)

長期管理薬(コントローラー)と発作治療薬(リリーバー)の2種類の吸入ステロイド薬を使用して治療します。長期管理薬を使用して、いかに発作治療薬の使用を抑えるか、が治療のポイントになります。

喘息は症状が治まっていても、気管支の慢性炎症が続いていて、気管支壁が線維化して硬く厚くなり、その結果、気管支内腔が狭窄してくるという、いわゆる” 気道リモデリング “(remodeling) が進行します。

喘息治療の最終目標は、気管支の病的な老化(気道リモデリング)を予防することだと言われています。

2. せきぜん息

せき喘息の病名から、喘息の類縁疾患を想像しますが、喘息とはまったく病態が違います。

しかしながら咳喘息は、cough variant asthma と命名されているとおり、病態的には慢性の気道炎症、気道過敏性の亢進であるとされています。

* 気道過敏性 気道粘膜に慢性炎症が存在しているため、冷気や煙など、わずかな刺激に対しても咳がでるようになる症状。代表的な疾患は、喘息とせき喘息。

咳喘息は、8週間以上、発作性の咳だけが持続します。喘息の発作はみられません。

喘息と違うのは、喀痰の症状がなく、呼吸困難もみられないことです。咳だけの症状が続きます。当然、聴診所見でも呼吸音に異常はみられません。しかし、咳だけの症状が長く続き、通常の咳止めでは効果がありません。

夜間や早朝に咳が激しくなり、夜布団に入ると体が温まって咳がひどくなります。季節には関係がありません。しかし、季節の変わり目には悪化します。

ハウスダスト、ダニ、ペット、エアコン、花粉などが原因の1つにはなります。しかし、アレルゲン(アレルギーの原因物質)を特定することは困難です。タバコ、エアコンの使いすぎは増悪因子です。

女性に多く、アレルギー疾患をもっている人に多い傾向があります。感冒の治癒後に、咳が治らずに長期間続くとき、咳喘息の場合があります。

近年、大気汚染のPM 2.5が咳喘息の原因になりうることが報告されています。

咳喘息の治療には、気管支喘息で用いる気管支拡張薬、吸入ステロイド薬の吸入が有効です。

交感神経β2受容体作動薬(β2刺激剤)の吸入によって臨床症状が改善するため、” 治療的診断 ” として用いられています。

咳喘息は、放置すると30%が喘息に移行することが報告されており、正しい診断と早期の治療が求められます。

咳喘息の治療は、喘息に準じて行われます。吸入ステロイド(ICS)と長時間作用性β2刺激薬(LABA)が、治療の中心となります。

長時間作用性β2刺激薬(LABA)は、せき喘息に対する「治療的診断」にも使用されます。

” 咳喘息は、早期の治療中止にともない、しばしば再燃します。ガイドラインでは長期の治療が推奨されています。”

3. アトピー咳嗽

咳受容体の感受性が亢進していることが原因です。咳の症状は、せき喘息に似ています。

アトピー咳嗽は、咽頭や気管に掻痒感(かゆみ、異物感、イガイガ感)を感じて、乾性の咳が長期間続く疾患です。咳喘息と同じように、喘息のような発作、呼吸困難などが全くなく、聴診所見も正常です。乾いた咳だけが続きます。

咳の原因にアレルギーの関与があり、アトピー素因が確認されることが多いとされています。

中年の女性に多く、咳は、夜間就寝時、深夜、早朝、起床時、の順に多くみられます。

エアコン、タバコの煙、室内の埃(ほこり)、精神的緊張、会話中(電話などでも)、運動でも誘発されます。

アトピー咳嗽では、咳喘息に有効な気管支拡張薬である、長時間作用性β2刺激薬(LABA)の効果がありません。
アトピー咳嗽には、抗ヒスタミン薬が効きます。

アトピー咳嗽は、咳喘息と違って、喘息への移行はありません。

アトピー咳嗽の診断には、いくつかのポイントがあります。

① アトピー素因の存在(家族歴、アレルギー)
長時間作用性β2刺激薬(LABA)の効果がないこと
抗ヒスタミン薬の効果があること

アトピー咳嗽は、咳喘息の同じ症状で鑑別診断に上がります。

” アトピー咳嗽の診断は、長時間作用性β2刺激薬(LABA)と抗ヒスタミン薬の効果をみて行います。(治療的診断!)

4. 副鼻腔気管支症候群

副鼻腔気管支症候群(sinobronchial syndrome)は、慢性咳嗽では重要な疾患です。SBSと略されます。

まず、いままで書いた疾患と根本的な違いがあります。それは、副鼻腔気管支症候群の咳は、「喀痰をともなう湿性咳嗽」であることです。

痰が出て、ゼロゼロ、ゴホゴホした咳が続くときは、まず、副鼻腔気管支症候群を疑います。

なぜなら、この疾患は基本的に副鼻腔炎の後鼻漏が原因となっているからです。慢性副鼻腔炎の主症状の1つに、後鼻漏(こうびろう)があります。これは、膿性鼻漏が大量に喉の方に落ちていく症状で、日中、夜間を問わず、非常に不快な症状です。日中起きている時は、後鼻漏は自然に嚥下するので、気管に入り込むことは少なくなります。ところが、夜間就寝時には、大量に咽喉頭へ流れてきた後鼻漏の多くは、自然の嚥下がないため、気管、気管支へ流入します。これが咳受容体を刺激して、咳がでます。細菌を大量に含んだ膿性鼻漏が気管支に流れ込むのですから、もちろん気管支炎を起こします。

後鼻漏は1日中ありますので、気管支に流れ込む膿性鼻漏によって、咳受容体の刺激は毎日続きます。そのため、慢性咳嗽の原因となるのです。(*)

* 副鼻腔炎気管支症候群は、上気道と下気道に繰り返し気道感染を起こす疾患です。気管支、細気管支の呼吸上皮の線毛運動機能が低下しているため、後鼻漏の気管内流入よりも、喀痰排泄機能の低下が原因となって慢性咳嗽が起こるとする、説もあります。


副鼻腔炎と気管支炎が同時に起こっている慢性咳嗽なので、この病名があります。

もちろん、副鼻腔炎が存在しますから、副鼻腔炎の症状は、診断の大きな助けになります。

さらに、気管支炎による微熱があったり、夜間、早朝に咳がひどくなる、タバコの煙で咳が悪化する、などの症状があります。

副鼻腔気管支症候群(SBS)は、喘息のような呼吸困難や喘鳴はありません。しかし、後鼻漏による喀痰の量が多いと痰がからんだ呼吸のしずらさを訴えることはあります。

SBSの特徴は、

① 呼吸困難をともなわない湿性咳嗽が8週間以上続く
② 鼻閉、膿性鼻漏、後鼻漏などの副鼻腔炎症状
③ 副鼻腔炎の存在を画像診断で確認
④ 膿性の粘稠な喀痰の存在
⑤ マクロライド系抗菌薬が奏功する

です。このうち、⑤ は治療的診断にも用いられます。

副鼻腔気管支症候群は、” 何らかの免疫機能低下の病態を合併する ” ことがあり、気道感染防御能の低下から、気道に慢性の細菌感染症をきたして、気管支拡張症への進展なども起こります。

SBSに合併する可能性がある疾患は、

びまん性汎細気管支炎、
好酸球性細気管支炎、
関節リウマチに伴う細気管支炎、
原発性線毛機能不全症、嚢胞性線維症、
HTLV-1関連疾患、
免疫グロブリン欠損・ 低下症
(IgA, IgG サブクラス)、
多発血管炎性肉芽腫症(GPA)、
好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)、
bare lymphocyte (裸リンパ球)症候群、
非結核性抗酸菌症(MAC)、
Young 症候群、yellow nail 症候群、

など多岐にわたります。

これらの疾患の多くは、細気管支炎を起こしてくるため、” 副鼻腔気管支症候群による慢性咳嗽 ” と診断されることが多くなります。

写真3 円筒形の気管支拡張症(肺、下葉)
   カルタゲナー (Kartagener) 症候群
   (原発性線毛機能不全症)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Primary_ciliary_dyskinesia

写真4 慢性副鼻腔炎 (chronic sinusitis)
   カルタゲナー (Kartagener) 症候群

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Primary_ciliary_dyskinesia

写真3、写真4は、カルタゲナー症候群(原発性線毛機能不全症)の患者さんの気管支拡張症のCTと副鼻腔炎のCTです。

典型的な副鼻腔気管支症候群(SBS)を示しています。このような先天性疾患が隠れていることがありますので、診断においては注意が必要になります。

* 実際の診断では、慢性咳嗽だけでなく、他の多くの症状や本人、家族からの診療情報を収集して総合的に診断しますので、簡単に間違うことは多くありません。

治療は慢性副鼻腔炎の治療に準じます。

マクロライド系抗菌薬(クラリス錠など)の少量長期間内服です。カルボシステインや抗アレルギー薬の内服も有効です。

副鼻腔気管支症候群の診断は難しくありません。副鼻腔炎があって、湿性咳嗽であるため、鑑別診断の早期に診断が可能になります。

この疾患のポイントは、下気道炎症を繰り返す、隠された重大疾患を見落とさないようにすることです。

5. 胃食道逆流症

意外に思われる方が多いのではないでしょうか。

「胃食道逆流症って、消化器の病気だよね?」

そんな声が聞こえてきそうです。

じつは、この胃食道逆流症は、慢性咳嗽の原因として、少なくないのです。

胃食道逆流症は、逆流性食道炎も含みます。

胃食道逆流症があっても、胃酸による粘膜障害が起こらない場合もありますので、より広い意味では、胃食道逆流症と呼ばれています。

胃食道逆流症(Gastro esophageal reflux disease, GERD)は、胃と食道の接合部にある下部食道括約筋(Lower esophageal sphinctor, LES )の不十分な閉鎖によって起こります。

図18 胃食道逆流症 (イラスト)
 (Gastro esophageal reflux disease, GERD)
 上図 normal 下図 GERD

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%83%83%E9%A3%9F%E9%81%93%E9%80%86%E6%B5%81%E7%97%87

写真5 胃食道逆流症(GERD)の食道胃接合部 
   胃酸による食道の狭窄がみられる

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Gastroesophageal_reflux_disease


胃食道逆流症(GERD)の主な症状は、口内の酸味、胃内容物の逆流(口や喉へ)、胸焼けです。

その他の症状に、嚥下痛、胸痛、唾液分泌の増加、慢性の咳があります。

歯牙の腐食、喉頭の肉芽腫(ポリープ)なども胃食道逆流症によって起こります。

胃食道逆流症によって慢性咳嗽が起こるメカニズムは、未だ完全には解明されていません。しかし、咽頭や喉頭付近に胃酸が逆流する場合は、容易に気管内に吸入してしまうことは想像しやすいと思います。とくに就寝時には体位の関係から、逆流が起きやすく、気管内への胃酸の流入があっても覚醒時のように反射的な咳嗽反射は起こりにくいと考えられます。

胃食道逆流症の咳の特徴は以下、

① 乾性咳嗽
② 嗄声(声がれ)や咽頭の違和感がある
③ 食後の1-2時間に咳が悪化する
④ 夜寝ているときや仰向けになったときに、咳が悪化する
⑤ 喘息の合併 (比較的あります)

診断は、QUEST問診票という有名な問診票がありますので、それを参考に診断します。

消化器疾患ですので、基本的には内視鏡検査(胃カメラ)で食道、胃粘膜を観察することが確定診断となります。

胃食道逆流症は、内視鏡検査で異常を認めないこともしばしばあり、そのような場合は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)という内服薬を1週間内服して症状の改善をみる方法があります。
これをPPI テストといいます。

治療は、プロトンポンプ阻害薬(PPI)とヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2 blocker) が中心となります。重症例に対しては手術治療も行われます。
  →逆流性食道炎

胃食道逆流症による慢性咳嗽の診断のポイントは、咳以外の症状をきちんと拾い上げることだと思います。一見関係のなさそうな消化器症状を問診で聞き取っていないと、咳喘息やアトピー咳嗽と診断されて、長く咳が続くことになりかねません。

胃食道逆流症による慢性咳嗽で注意しなければならないことは、喘息との合併です。胃食道逆流症による慢性咳嗽だけだと診断すると、じつは喘息も同時に起こっていて、喘息に対する吸入ステロイドが必要になることがあります。

また、同じように咳喘息も合併することがあり、これらの ” 3つの疾患 ” は常に頭において診断することが必要になります。

6. 薬の副作用はABC

「薬の副作用で咳が出るの?」

そうです。薬の中には副作用で咳がでる薬があるのです。意外に知らない方が多いと思います。

慢性咳嗽を起こす代表的な薬を書きます。

薬の副作用で起こる咳は、A、B、C、です。

1. ACE阻害薬

降圧剤として有名なACE阻害薬です。ACEは、Angiotensin Converting Enzyme の略です。腎のレニン-アンジオテンシン-アルドステロン(Renin-Angiotensin-Aldosteron, RAA)系において、Angiotensin Ⅰ → Angiotensin Ⅱ への変換を阻害するのが、ACE阻害薬です。

図19 レニン-アンジオテンシン-
   アルドステロン
  (Renin-Angiotensin-Aldosteron, RAA)系

https://pharma-navi.bayer.jp/adalat/pharmacist/basic/01/t07

図10のアンジオテンシンⅠ 変換酵素(ACE) があるためにアルドステロンが産生されますので、ACE を阻害すると、アルドステロンが減少して血圧が下がります。これが ACE 阻害薬です。

ACE阻害薬による咳発現のメカニズムは、次のとおりです。

① ACE 阻害薬は、ブラディキニン、P物質(サブスタンスP)の分解酵素である、キニナーゼⅡ 、ニューラルエンドペプチダーゼを阻害する。

② ブラディキニン、P物質(サブスタンスP)が分解されずに気管支粘膜の呼吸上皮細胞間に蓄積する。

③ ブラディキニン、P物質が呼吸上皮細胞間に存在する咳受容体のC fiber を刺激する。さらに、ブラディキニンによって、ヒスタミン、プロスタグランジンが遊離され、咳受容体のC fiber を刺激する。

ACE阻害薬による咳は、典型的な乾性咳嗽です。ACE 阻害薬を内服する患者さんの3-35%に乾性咳嗽が出現すると報告されています。喉の痒みや引っ掻かれる感じをともなうことが多いとされ、女性、非喫煙者、心不全、中国籍の方に多いと言われます。1日中、激しい咳が続くことが特徴です。

ACE阻害薬による咳は、内服後、数時間内に出現することが多いとされますが、数週間、数ヶ月後に出現することもあり、注意が必要です。多くの場合、ACE 阻害薬の内服中止から4週間以内に咳は止まりますが、ときに3ヶ月以上咳が止まらないこともあります。

ACE阻害薬に誘発される咳は、咳止めや気管支拡張薬が全く無効であり、ACE 阻害薬の内服中止のみが唯一の治療となります。

ACE阻害薬によって起こる乾性の咳は、有名な副作用として、広く周知されてきていますが、いまだ注意すべき薬剤性咳嗽であり、常に念頭に置いておく必要があります。

2. β遮断薬

β遮断薬(β-ブロッカー)は、副作用として咳をきたします。

β遮断薬は正式には、交感神経β受容体遮断薬、といいます。

図20 交感神経の分布 sympathetic innervation

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E6%84%9F%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB

交感神経と副交感神経

自律神経系には、交感神経と副交感神経があります。聞いたことがある神経ですね。

交感神経は、体が闘争状態にあるとき、活発に活動しています。瞳孔は開き、神経は高ぶり、心臓はドキドキして全身に血液を多く送り出します。手足の血管は収縮して血圧は上昇し、体の重要臓器に血液を集め、筋肉の緊張は高まります。

図11 を見ると、体中の多くの臓器が交感神経の支配を受けています。肺もその1つです。

一方で、副交感神経は、

図21 副交感神経の分布
   parasympathetic innervavion

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%89%AF%E4%BA%A4%E6%84%9F%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB

副交感神経も、交感神経と同じように、全身の臓器に分布しています。

副交感神経は、身体と精神を鎮静状態へと導きます。夜間寝る前のリラックスした状態を想像してみてください。心臓はゆっくり打ち、手足の血管は拡張してポカポカと温かく、気持ちはとても落ち着いています。

神経伝達物質

一般に神経は、神経と神経が繋がるとき、神経伝達物質と呼ばれる生理物質が神経間隙(かんげき)に、放出されて信号が伝達されます。

図22 神経伝達物質 neurotransmitter

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Neurotransmitter

神経と神経は直接接していなくて、わずかに隙間を作って繋がっています。この神経と神経の間隙をシナプス(synapse)と呼びます。

この間隙にシナプス前細胞から神経伝達物質が放出され(図11 🟡)、シナプス後細胞の受容体(図11🔵)がこれを受け取ります。このとき、神経間で情報が伝達されるのです。

神経伝達物質と受容体は、シナプスにおいて、常に1セットになっています。

交感神経では、この神経伝達物質はアドレナリンとノルアドレナリン、受容体はアドレナリン受容体です。

副交感神経では、神経伝達物質はアセチルコリン、受容体はアセチルコリン受容体です。

交感神経のアドレナリン受容体のタイプに、α1、α2、β1、β2、β3、の5種類があります。

このうち、肺にはβ2受容体が存在していて、β2受容体の刺激で、気管支平滑が弛緩する(緊張がゆるむ)のです。

β遮断薬は交感神経β受容体を遮断しますが、β1、β2受容体のうち、β2受容体遮断薬が気管支平滑筋を収縮させます。β2受容体の興奮が起こらず、肺の気管支平滑筋が弛緩しないためです。

このため、β2遮断薬で喘息が悪化します。COPDなどの慢性閉塞性肺疾患も同様です。

実際には、β1選択性、β1非選択性、内因性交感神経刺激作用、など細かな薬理作用の違いがあるのですが、ここでそれを論じると薬理学の話になりますので、大まかに ” β2遮断薬=気管支平滑筋の弛緩が起こらない=気管支収縮 ” と覚えてください。

そのため、β遮断薬で喘息が悪化します。

β遮断薬は、慢性心不全や緑内障などで処方されています。慢性心不全では、心臓疾患だけでなく肺機能も調べますので、すぐに気づかれやすく、また多くの場合、処方時に主治医から説明があります。

問題は緑内障です。緑内障では、β遮断薬が点眼液の中に配合されていることがあり、要注意です。眼科医から説明がありますが、患者さん本人が喘息であることを申告しないと、β遮断薬が含まれる点眼を不用意に使用して、気管支喘息やCOPDの悪化を招くことがあります。

3.Ca 拮抗薬

Ca 拮抗薬(カルシウム・ブロッカー)も咳嗽を誘発します。

Ca 拮抗薬は、高血圧、狭心症などに対して処方される薬剤です。

Ca 拮抗薬(calcium channel blocker, CCB)は本来、血管の平滑筋の細胞膜上にある電位依存性カルシウムチャネルを阻害します。

図23 電位依存性カルシウムチャンネル(L型)
L-type voltage-dependent calcium channel (VDCC)
( α1、α2、β、γ、δ の5つのサブユニットから構成される )

https://en.m.wikipedia.org/wiki/L-type_calcium_channel

細胞膜のカルシウムチャネルを通過して、細胞内へCa2+(カルシウム)が取り込まれることで、平滑筋が収縮します。そのため、細胞内へのCa2+の取り込みが低下すると平滑筋の収縮が弱くなります。

Ca 拮抗薬は、血管の平滑筋にあるカルシウムチャンネルを阻害することによって、血管平滑筋の収縮力を弱めて、全身の血管拡張を起こします。

Ca 拮抗薬は、平滑筋の緊張を緩めて、血圧を下げる薬です。

Ca 拮抗薬は、平滑筋の緊張を緩めるので、下部食道括約筋(Lower esophageal sphincter)の収縮を緩めます。

胃食道逆流症は、下部食道括約筋の収縮力低下(緩み)が原因ですので、Ca 拮抗薬によって括約筋の収縮力がさらに弱くなると、胃食道逆流症の誘発や悪化が起こります。

Ca 拮抗薬は、日常臨床で比較的多く処方されており、全身疾患についての問診をきちんと行わないと、つい、” 血圧の薬を飲んでいる ” として見過ごされてしまうことがあるため、注意が必要です。

このように、薬の副作用で起こる咳嗽の多くは、ACE阻害薬、β遮断薬、Ca 拮抗薬の3つです。ABC と覚えてください。

7. 見逃してはいけない咳

日本呼吸器学会の定義する、8週間以上続く慢性咳嗽について、いくつかの代表的な疾患をあげてきましたが、当然のことながら絶対に見逃してはいけない慢性の咳があります。これらの疾患について書いておかなければなりません。

結核

高齢者診療において、昔から常に言われてきたことです。内科はもちろん、耳鼻咽喉科の外来にも、高齢者が咳を訴えて受診されたとき、気をつけておかなければならない疾患です。問題は、結核が感染性の疾患であること、特殊な治療が必要であること、です。

図24 結核(Tuberculosis)の全身症状

全身倦怠感、食欲不振、体重減少、37℃前後の微熱が長期間にわたって続き、就寝中に大量の汗をかきます(盗汗)。結核のせきは乾性咳嗽で、慢性咳嗽は結核の進行にしたがって顕在化します。

典型的な症状のほか、ツベルクリン反応、感度93%、特異度99%とされる血液検査でIFN-γの濃度を測定するQuantiFeron(クォンティフェロン=QFT)検査、血液検査でのCRPの上昇や血沈亢進などの炎症反応の確認、喀痰塗抹検査(チール・ニールセン染色)、喀痰培養、胸部レントゲン、胸部CTなどで診断されます。

WHOによると、結核は世界10大死因の1つで、COVID-19に次いで死亡数が多く、2020年には世界で1000万人の感染があり150万人の死亡があったと報告されています。国内でも新興感染症として増加が報告されています。

この頁での詳細な説明は省略しますが、鑑別診断として常に忘れてはならない存在です。

肺がん

悪性腫瘍のため、必ず診断しておかなければならない疾患です。慢性咳嗽は、血痰を伴うこともあります。

現在では、画像診断技術の進歩により、胸部レントゲンだけでなく胸部CT画像から鑑別診断に上がるようになっています。

その他にも、血液検査による肺がん腫瘍マーカーの数値や喀痰細胞診、気管支内視鏡下または胸腔鏡下の組織生検、などによって、その診断技術は飛躍的に高まっています。

しかしながら、プライマリケアを担う第一線のクリニック外来診療では、全症例に対して、胸部CTや血液検査の腫瘍マーカーの確認などを実施することは、当然ながら困難です。

そのため、まずは ” 悪性腫瘍を疑わせるサインを見落とさないこと “が重要ではないかと思います。

胸部レントゲン撮影では、気管気管支などを原発とする太い気管支内の腫瘍は発見しにくく、確実な診断目的ではCTなどの画像診断が必要になると思われます。

COPD, 間質性肺炎

慢性咳嗽を起こす疾患のなかに、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんがいます。

COPDは、病理学的に「肺気腫」と呼ばれていた疾患と臨床的に「慢性気管支炎」と呼ばれていた疾患を統一したものです。

2001年の国際ガイドライン (GOLD) 、日本呼吸器学会の診療ガイドラインに、肺気腫と慢性気管支炎の統一名称としてのCOPDの位置づけが記載されています。

日本呼吸器学会の定義では、以下、

「COPDとは、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患である。呼吸機能検査で正常に復すことのない気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変が様々な割合で複合的に作用することにより起こり、進行性である。臨床的には徐々に生じる体動時の呼吸困難や慢性の咳、痰を特徴とする。」

とされています。

図25 上段 正常肺 下段 COPD

* COPD bronchioles (細気管支)は正常な形状を失って狭窄し内腔に粘液栓が詰まっている。肺胞は破壊されて大きな空間を作っている。

COPDは、全例、細気管支での炎症がみられるとされています。

COPDの症状は、階段や坂道を上がるときや歩行時の息切れがする、労作時の呼吸困難や、慢性的な咳や痰などの症状がみられます。また、呼吸をするときにゼーゼー、ヒューヒューといった音のする喘鳴(ぜんめい)や発作性呼吸困難などの、喘息に似た症状がみられることがあります。

COPDの初期は無症状ですが、病態の進行にしたがって、肺の過膨張、閉塞性換気障害、肺胞のガス交換障害が進行します。重症化すると、日常動作にも息切れがし、低酸素症から在宅酸素療法が必要になる症例もあります。

写真6 COPD の胸部レントゲン像
   (左肺の肺気腫)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%85%A2%E6%80%A7%E9%96%89%E5%A1%9E%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%96%BE%E6%82%A3

COPDでは、細気管支の慢性炎症が続くため、気道分泌液の増加、気管支平滑筋の肥厚、気管支上皮細胞の浮腫、細気管支壁の狭窄、粘液腺の増加による気道液の粘稠化、気道粘液栓の形成、などが次々に連続して起こります。

そのため、COPDでは、気道液の性状や細気管支炎の状態によって、慢性の咳や喀痰の増加がみられます。

COPDの診断は、特徴的な臨床症状と呼吸機能検査での低下、胸部レントゲンや胸部CTなどの画像診断、などで困難ではありません。

しかし、COPDでは無症状の期間があり、初期には症状がでにくいため、喘息と診断されたりすることがあり、注意が必要です。

慢性咳嗽の1因として、つねに念頭におくべき疾患の1つと思われます。

百日咳

意外に思われるかもしれませんが、成人の百日咳も慢性咳嗽の原因になります。

百日咳は、2000年頃から成人の罹患数が増加しており、問題となっています。

百日咳(Pertussis)とは、グラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis)を起炎菌とする呼吸器感染症です。

写真7 百日咳菌(Bordetella pertussis) 光顕像

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%97%A5%E5%92%B3

小児では重症化しやすく繰り返す咳発作によって回復に3ヶ月以上を要します。成人では咳が長期間続きますが、症状の比較的軽い患者さんもいます。

小児では、典型的な発作性けいれん性の咳発作(whooping cough)があります。

これは、短い咳が連続的に続いて、その後、息を吸う時に笛の音のようなヒューという音がでます。このような咳嗽発作をくりかえします。

咳発作が連続すると、嘔吐やチアノーゼ、無呼吸が起こることがあり、顔面紅潮・眼瞼浮腫(百日咳顔貌)をきたしたり、呼吸困難から低酸素脳症、眼、皮膚、粘膜への点状出血が見られることもあります。

成人では、咳がひどくなく咳発作もない患者さんもいますが、ときに慢性咳嗽の原因になり、回復までに3ヶ月間を要します。

診断は、「鼻咽頭ぬぐい液」「喀痰」からの原因菌の分離、培養(ボルデ・ジャング(Bordet-Gengou)培地)、PCR法による診断、血清診断による百日咳菌凝集素価の測定、などがあります。現在では、鼻咽腔ぬぐい液でのPCR法による迅速診断が一般的です。

小児でのワクチン接種は広く普及していますが、獲得した免疫は約4-12年間で減衰して感染を防げない状態まで低下すると言われています。

現在、患者数の増加のみられる成人では、Tdap と呼ばれる百日咳を含んだ3種混合ワクチンの接種が最低1回、推奨されています。

成人の慢性咳嗽では、百日咳の感染による咳嗽も考慮に入れる必要があります。

免疫不全症による慢性咳嗽

現在、がん、自己免疫疾患などの治療では、抗がん剤、免疫抑制薬、免疫チェックポイント阻害薬、ステロイド薬などが長期間にわたって投与されることが多くなっています。

このような患者さんは、細胞性免疫の低下をきたしていることが多く、いわゆる免疫不全症の状態になっています。

免疫不全症による慢性咳嗽は、カンジダ、アスペルギルス、ムコールなどの真菌感染症によるもの、ニューモシスティスカリニ肺炎、サイトメガロ肺炎、トキソプラズマ感染症、帯状疱疹ヘルペス感染症、などが挙げられます。

慢性咳嗽を訴える患者さんについて、他の治療中の病気や内服薬の確認を含めた、病態の正確な把握が必要になります。

花粉症による咳

慢性咳嗽の範疇に入るかどうかは不明です。

花粉症は、スギ花粉症に代表される、季節性の花粉によるⅠ型アレルギー疾患です。

以前より、花粉症によって、咽喉頭の症状が発現すること、咳嗽が起こること、その比率が予想外に多いこと、が報告されていました。

いくつかの国内の論文では、スギ花粉症による咳嗽は、概ね、40-60%であったことが報告されています。

また、イネ科花粉症では、咳嗽の頻度が69%との報告があり、シラカンバ花粉症では、概ね50%であったと報告されています。

現在、花粉症によって咳嗽が起こる理由は、

① 喉頭アレルギー
② アトピー咳嗽
③ 花粉喘息

のいずれかの病態が考えられています。

* 花粉喘息は、直径の小さいスギ花粉の分離抗原が肺胞まで達することによって、喘息が誘発される、または悪化する病態をいいます。

これらのうち、① 喉頭アレルギーが最も多いと考えられており、現在、診断基準が作成されています。

成人のスギ花粉症による咳嗽では、咽喉頭症状をともなう乾性咳嗽が多く、抗ヒスタミン薬の投与で、著明に改善または消失します。

アトピー咳嗽は、喉頭アレルギーとのオーバーラップが論じられていて、どちらも抗ヒスタミン薬が奏功します。
(ヒスタミンH1受容体拮抗薬)

花粉喘息に対しては、気管支喘息の治療に準じて、抗ロイコトリエン薬や吸入ステロイド薬(ICS)が適応となります。

花粉症によって起こる咳嗽は、厳密な意味では慢性咳嗽に入らないかもしれません。しかしながら、花粉による咳嗽はスギ花粉症だけにとどまらず1年中起こります。

そのため、スギ花粉症の季節以外の時期に起こっている慢性咳嗽に対しては、患者さん本人の花粉症の既往歴と鼻症状について、詳しく調べなければ関係性に気づきにくいという事実があります。

この場合は、鼻炎症状についての問診と鼻内所見の観察が、診断上とくに有効な手がかりとなります。

慢性咳嗽の鑑別診断は?

慢性咳嗽があるとき、どうすれば正しい診断にたどり着くことができるのでしょうか。

それは、今までに書いてきたことを簡単にまとめておけば良いのです。

診断での重要なポイント

① 乾性の咳か、湿性の咳か?

湿性の咳なら1つしかありません。副鼻腔気管支症候群です。副鼻腔炎があれば、診断は決まりです。マクロライド系の抗菌薬、クラリス錠などの処方で咳は改善します。

② 食後の咳、喉の違和感、胸焼け、呑酸などの症状があれば、胃食道逆流による咳です。PPI(プロトンポンプインヒビター)を投与して咳の改善がみられれば、正しい診断です。

③ そのほかの乾性咳嗽は、喘息、せき喘息、アトピー咳嗽の鑑別が必要です。

a. まず、喘息は喘息発作のエピソードから想像がつきやすく、吸入ステロイド(ICS)や長時間作用性β2刺激薬(LABA)などでの治療から診断できます。

b. せき喘息とアトピー咳嗽の診断は、季節性の咳、夜間から明け方の悪化、受動喫煙での悪化、アトピー素因、血液検査などから総合的に診断します。

ポイントは、せき喘息には、長時間作用性β2刺激薬(LABA)が効果がありますが、アトピー咳嗽にはLABAの効果がないこと、です。

LABAが効果があるなら、せき喘息として治療を開始します。喘息と同じく、吸入ステロイド(ICS)と長時間作用性β2刺激薬(LABA)が、治療の中心となります。確実に診断して治療をすることで、喘息への移行を防ぎます。

c. アトピー咳嗽は、抗ヒスタミン薬が効果があることが特徴です。

せき喘息か、アトピー咳嗽か、迷ったら抗ヒスタミン薬を処方して効果をみると、診断がつきやすくなります。

④ 感染後咳嗽は、咳嗽発現の前に、急性ウイルス性上気道炎(風邪)などの感染がありますので、診断しやすいと思います。

ただし、先にも書きましたが、これらの疾患は、常にオーバーラップすることがあることを考えておく必要があります。

胃食道逆流症と喘息、せき喘息のオーバーラップなど、です。

慢性咳嗽の鑑別診断は、症状の起こり方やその特徴だけでなく、多くの場合、治療薬を投与してみて、その効果を確認する作業がとても重要になります。(治療的診断)

難治性慢性咳嗽とは?

これらの診断や治療を行っても一定数、診断が確定しない症例があります。いわゆる” 原因不明の慢性咳嗽 ” です。

また、診断が確定しても、治療に抵抗性のいわゆる、” 難治性慢性咳嗽 “もあります。

これらの難治性慢性咳嗽の病態生理に関して、近年、気道内のATP に対するP2X3受容体の関与が指摘されています。

2022年1月、MSD株式会社が、世界初の慢性咳嗽に対する「選択的P2X3受容体抗体薬、リフヌア錠」の製造販売承認を取得しました。

リフヌア錠45mg (一般名:ゲーファピキサントクエン酸塩)

この薬が、難治性の慢性咳嗽に苦しむ患者さんにとって福音となれば幸いと思っています。

咳は、何科?

咳(せき)について、多くのことを書いてきました。

では、あなた自身が咳がつづくとき、咳がなかなか止まらないときは、どうすれば良いのでしょうか。

咳がでる多くの疾患がありました。喘息を含めて多くの疾患が呼吸器疾患です。まずは、総合内科医または呼吸器内科医に診てもらうのがベストだと思います。

副鼻腔炎があったり、花粉症を含め鼻炎症状がある方は、耳鼻咽喉科医へ助言を求めるのも良いかもしれません。

副鼻腔気管支症候群であれば、耳鼻咽喉科が治療に携わることが多くなります。

あなたが、咳がでて困るとき、咳がなかなか止まらないとき、まずはお近くの内科医へご相談ください。その上で、耳鼻咽喉科医の助言や診断が必要だと判断されたら、かかりつけの耳鼻咽喉科医を受診されるのが良いと思います。

何科が診るか、どこに行くか? は、本来あまり重要ではありません。いちばん重要なことはは、あなた自身の咳がすぐに良くなるかどうかです。

ですから、あなた自身の体を普段からよく診ておられて、いちばん良くご存知でおられる、かかりつけの医師にしっかり診ていただくことが大切だと、私は思っています。

咳が止まらないと、日常生活もつらいですね…
(イメージです)

院長 定永正之

定永正之(さだながまさゆき)
耳鼻咽喉科医師・耳鼻咽喉科専門医

先代から50年、宮崎県宮崎市で耳鼻咽喉科診療所を開業。一般外来診療から手術治療まで幅広く耳鼻咽喉科疾患に対応しています。1990年宮崎医科大学卒。「治す治療」をコンセプトに日々患者様と向き合っています。土曜日の午後も18時まで外来診療を行っていますので、急患にも対応可能です。
https://www.sadanaga.jp/

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