頭位性めまい -頭位を変えると起こる、激しい回転性めまい発作-

片方の耳を下にして寝ようとすると、突然ぐるぐる回るめまい。朝起きて起きあがろうとすると、ぐるぐる回って起きれない。頭がある方向を向いたときだけ起こります。
ご本人は非常に驚いて受診されますが、原因は内耳の石です。
今回は、耳が原因のめまいです。
頭位性めまいについて書きます。

まず初めに、正常の平衡感覚はどう保たれているのかについて、知る必要があります。

半規管と前庭

内耳には、蝸牛と前庭、半規管があります。
蝸牛は、聴覚を司る部位です。前庭と半規管は、平衡覚を司っています。

半規管は半円周状の管で、片方の内耳に3本あります。3本の半規管は1本ずつxyz軸の直交する平面に存在しています。
半規管は、前半規管、後半規管、水平半規管の3本です。3本あるので三半規管とも言われます。

前庭には、卵形嚢と球形嚢という、2つの耳石器があります。

図1 内耳の構造

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%80%B3

卵形嚢 球形嚢

前庭には、卵形嚢と球形嚢の2つの耳石器があります。卵形嚢は半規管側に連続していて、球形嚢は蝸牛に連続しています。
卵形嚢と3本の半規管の接合部は、膨大部と呼ばれ、半規管が太くなった部分の内側に感覚細胞が突出して稜(りょう)を作っている部位があり、膨大部稜と呼ばれています。

図2 卵形嚢と球形嚢

説明図。1: 蝸牛、2: 球形嚢(茶色の部分は平衡斑を示す)、3: 卵形嚢(茶色の部分は平衡斑を示す)、4 – 6: 半規管の膨大部(黒く細い三角形は膨大部稜を示す)

卵形嚢、球形嚢には、平衡斑と呼ばれる感覚細胞と支持細胞で構成される領域があり、それぞれ卵形嚢斑、球形嚢斑と呼ばれています。
平衡斑は、重力や直線加速度を感知します。

平衡斑

平衡斑は、上から、耳石層、ゼラチン層、クプラ下層の3層構造からなります。
最下層(クプラ下層)に有毛細胞が並んでおり、その上をゼラチン状の物質が覆い、最上層に炭酸カルシウムの結晶が載っています。この炭酸カルシウムの結晶を平衡砂(または耳石)といい、ゼラチン状の物質は平衡砂膜(または耳石膜)と呼ばれています。有毛細胞の毛は平衡砂膜の中に突き出ていて、直線の加速度が生じると、有毛細胞と平衡砂の位置にズレが生じ、有毛細胞の毛が刺激されます。その刺激が神経から脳に伝えられ直線加速度を感じるようになっています。

図3 平衡斑
ゼラチン状の耳石膜の上に
耳石(赤色)が載っています。

図3は、平衡斑のイラストです。
(稚拙な指ドローですが。)
有毛細胞の感覚毛(赤色)はゼラチン状の耳石膜(黄緑色)に突き刺さっていて、その上に耳石(赤色)が載っています。
走査型電子顕微鏡の画像で見ると、耳石膜の上下は非常に細いフィラメント繊維が網状に張り巡らされているようです。耳石と耳石の間も細いフィラメントが繋いでいます。
感覚細胞としての有毛細胞は、1型と2型の2種類あります。

平衡斑の周囲は内リンパ液に満たされています。直線加速度が発生すると、内リンパ液の中で、耳石は慣性の法則によってすぐには動きませんから、耳石膜との間にわずかな空間のずれが生じます。このずれを有毛細胞の感覚毛が感知して、有毛細胞に電気信号が発生し、電気信号が前庭神経を通って脳へと送られます。

卵形嚢の平衡斑と球形嚢の平衡斑は互いに垂直に配置されていて、前者は水平方向の直線加速度を、後者は垂直方向の加速度を感知します。頭部を傾けたときも重力によって耳石がずれて傾きを感知します。(これも直線加速度の1種です。)

難解ですので、もう一度、図2での確認が必要です。同じ図をコピーしています。(図4)
卵形嚢、球形嚢の位置、平衡斑の位置とその働きを確認してください。

図4 平衡斑と膨大部

説明図。1: 蝸牛、2: 球形嚢(茶色の部分は平衡斑を示す)、3: 卵形嚢(茶色の部分は平衡斑を示す)、4 – 6: 半規管の膨大部(黒く細い三角形は膨大部稜を示す)

膨大部

3本の半規管の両端は前庭の卵形嚢につながっています。両端のうち一方は膨隆しており、この部分は膨大部 (ampulla) と呼ばれています。この内側に角加速度を感受する膨大部稜(crista ampullaris)という装置があります。
膨大部稜の位置を、図4で確認してください。
図4の4, 5, 6 の黒く細い三角形が、膨大部稜です。これを拡大した図が、下の図5です。

膨大部の壁には、有毛細胞が並んでいます。有毛細胞の毛は半規管の内側を向いていてゼラチン状の物質(クプラ)に覆われています。頭部に角加速度が生じると半規管にも角加速度が起こりますが、半規管内の内リンパ液は、慣性の法則によってその場にとどまろうとするので、内リンパ液には、相対的に逆向きの流れが生じます。内リンパ液の流れによって有毛細胞の毛が刺激され、その刺激が前庭神経から脳に伝えられ、(回転)角加速度を感じます。

図5 膨大部稜(crista ampullaris)

有毛細胞は、クプラ(cupula)というゼラチン状の物質に覆われていて、半規管の内リンパ液の流れがクプラを押して、有毛細胞を刺激します。(図5)

このときの内リンパ液の流れの方向は、クプラを半規管方向へ偏位させる方向(反膨大部流 ampullo-fugal flow)と、クプラを卵形嚢方向へ偏位させる方向(向膨大部流 ampullo-petal flow)の2通りあります。

ここまでで、

① 卵形嚢と球形嚢の「平衡斑」と、半規管膨大部の「膨大部稜」が、重力や直線加速度、回転加速度を感知して、前庭神経から脳へ信号を送っていること。

② 平衡斑では、耳石膜の上に載っている耳石のずれを、膨大部稜では、内リンパ液の流れを直接、有毛細胞が感知していること。

この2つの基本的で重要なことを理解できました。

めまいの原因

基本的な知識は十分理解できました。つぎは、実際のめまいでは一体どういうことが起きているか、を確認しましょう。

ある特定の頭位(頭の位置)をとっても、正常ならば、めまいは起きません。では、どうしてめまいが起きる人がいるのでしょう。

これは、「卵形嚢の平衡斑の上に載っていた耳石が剥がれて、半規管内に入り込むから」です。

頭位性めまい

耳が原因で起こるめまいを一般に、末梢前庭性めまいと言いますが、このめまいの中で最も頻度が高いめまいが、「頭位性めまい」です。
では、頭位性めまいとは、一体どんなめまいでしょう。

良性発作性頭位めまい症(BPPV: benign paroxysmal positional vertigo)は,特定の頭位で短時間(60秒未満)の回転性めまいの発作が起こる病気です。
悪心を伴うことがあり、眼振が生じます。

典型的には、このようなパターンです。

めまい発作の大部分は、朝目覚めて最初に寝返りをうったときや、棚の高いところに手を伸ばそうとして頭を後ろにのけぞらせたときなど、頭の位置を変えたときに、急に起こります。めまいは激しく、回転性ですが、持続時間はふつうは短く10-20秒、長くても1分以内には完全に治ります。夜寝ようと横になるときに、また短時間の同じめまいが起こります。多くは寝返りで右を向いたとき、左を向いたとき、など特定の頭位や頭位の変換時のめまいを訴えます。ほとんどは、そのときだけの短時間のめまい発作ですが、ときに1日中、回転性めまいや浮動性めまいが続くこともあります。
めまい発作は繰り返し起こりますが、短時間に繰り返し起こるとめまいが軽くなる特徴があります。

原因は?

頭位性めまいは、卵形嚢の平衡斑にある耳石が剥がれて、半規管に入り込むことが原因です。

半規管は3本ありますが、後半規管が最も多いと言われています。これは就寝時、起立時とも後半規管が卵形嚢より下に位置しているため、夜間に卵形嚢から剥がれた耳石が、卵形嚢内で内リンパ液の中を浮遊するとき、後半規管が重力の影響で、1番落ち込みやすいからです。

(耳石は水平半規管、前半規管に入り込むこともあって、この時は、めまい起こり方や診断時の眼振のタイプが違ってきます。)

後半規管に落ち込む耳石の位置には、2通りあります。1つは、耳石が半規管内に入って泥状の塊になってしまうもの。もう1つは、耳石が膨大部稜に付着してクプラを刺激するもの。

膨大部と半規管の位置関係を再度、確認しましょう。(図4, 図5)

耳石が半規管内を浮遊するもの

耳石は1個だけ剥がれるのではありません。常に代謝で僅かずつ剥がれて吸収されていますが、ある一定の量の耳石が剥がれると、症状を起こします。

耳石が半規管の管の中に入り込むと泥状の塊を生じます。これが、頭位の変換に伴って重力の影響で半規管内を動くため、半規管内で内リンパ流が強く起こります。この内リンパ流を膨大部稜のクプラで感知して、回転性めまいが起こります。

図6 後半規管内の浮遊耳石
聴砂=耳石

浮遊耳石によって起こる内リンパ流は、半規管から卵形嚢へ向かう方向と、卵形嚢から半規管へ向かう方向の2通りあり、回転性めまいの方向や、診断のときの眼振の向きに関係しています。

https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/19-%E8%80%B3%E3%80%81%E9%BC%BB%E3%80%81%E3%81%AE%E3%81%A9%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E5%86%85%E8%80%B3%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E8%89%AF%E6%80%A7%E7%99%BA%E4%BD%9C%E6%80%A7%E9%A0%AD%E4%BD%8D%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%84%E7%97%87

耳石が膨大部稜に付着するもの

耳石が膨大部稜のクプラに付着してしまうと、ある頭位のとき、重力によってクプラが偏位するため、めまいが起こります。クプラに耳石が着くので、クプラ結石症とも呼ばれます。内リンパ流と違い、クプラそのものが重力で強く引っ張られるため、めまいは激しく、持続時間も2分以上と少し長くなります。
図5の頭の部分が重力で傾いた状態です。

頭位性めまいは、2つの場合とも、平衡斑から剥がれた耳石が原因になって起こることが理解できました。ではどんな時に耳石が剥がれるのでしょう。

現在のところ、中耳炎、耳のウイルス感染症、頭部外傷、入院などの長期臥床、メニエル病、高齢によるもの、などが原因であると言われています。

診断は?

頭位性めまいの診断は、難しくありません。丁寧な問診と、神経耳科学の検査で診断できます。

めまいの診断は「問診がすべて」です。まずは、問診でどんなめまいか、詳しく聞くことが最も重要なことです。
問診では、先に書いたパターンのようなめまいの起こり方や症状があります。

神経耳科の検査では、聴力検査、頭位・頭位変換眼振検査(Dix-Hallspike 法)を行います。
眼振(めまいのときの眼球の動き)を、潜時(眼振が起こり始めるまでの時間)、強さ、方向、時間による変化(多くの症例では、crescendo decrescend の形式をとります)、持続時間、疲労現象(反復するとめまいや眼振が軽度になること)などをCCD眼振カメラを使用して調べます。

画像検査では、側頭骨CTによる、先天性を含めた内耳形態異常の有無、上半規管裂隙症候群との鑑別、外リンパ瘻との鑑別、他の腫瘍性疾患の可能性の有無などが診断されます。

頭位性めまいでは、聴力の異常はありません。

これでほとんどの症例は、診断がつきます。

例外は?

あります。
良性発作性頭位性めまい(BPPV)に対して、悪性頭位性めまいと言います。これは、脳の腫瘍などによって、良性発作性頭位性めまいと同じような症状を起こすものです。

診断のとき、頭位頭位変換眼振検査で、眼振発現までの潜時がない、眼振が時間とともに減衰しない、疲労現象がない、など少し違う反応をします。

この場合の悪性という言葉は、必ずしも悪性の腫瘍を意味しません。良性に対してつけられた病名です。
疑われたら、頭部のMRI検査を予約します。

治療は?

頭位性めまいの治療は、経過観察とEpley法による治療があります。

頭位性めまいは、2-3週間で自然治癒する症例も多くあります。多くはめまい発作は繰り返しますが、症状は徐々に軽くなり、やがて治まります。なので、めまいがひどくなければ、抗めまい薬の内服などで経過観察するのも十分な治療です。

一方、めまい発作のひどい症例や、経過の長い症例、なかなか自然治癒しない症例などに対しては、Epley法と言って、半規管または膨大部クプラの耳石を重力を利用して移動させ、卵形嚢の中まで誘導する治療があります。
これは患側を診断して、患側の半規管を垂直に位置させることで耳石を重力で落下させ、体位を変換しながら少しずつ半規管から卵形嚢まで耳石を移動させる手技です。
大きな侵襲がなく、外来で簡単にできる治療方法ですが、めまいを誘発して症状を悪化させることが必要ですので、十分な説明と患者さんの理解が必要です。
即効性があり、効果は高い治療方法で、90%が改善をみると報告されています。
めまいが再発する場合は、Epley法を繰り返し行うこともあります。

めまいが起こったら?

まずは、頭位性めまいという病気があることを知っていてください。突然激しいめまい発作が起こるため、命に関わるめまいのように感じる方も多い病気ですが、全く逆で生命の危険のない安全なめまいです。
夜間など時間外に起こると、慌てて救急病院を探したり、パニックになって救急車を呼ぶ方も少なくありません。
脳血管疾患を疑われ、救急病院でCTを撮って異常なしと診断されて、耳鼻科を受診されることも多くあります。

まずは、頭位性めまいという病気があることを知っておきましょう。

どうすれば?

人は誰でも、突然めまいが起こったら驚き、慌てます。
自分で診断などできませんから、当然です。
慌てて良いのです。驚くのも当然です。
ですから、本当に異常を感じたら、まずは救急病院を受診しましょう。耳が原因となる以外のめまいも多いのです。
(高齢者のめまい)

とりあえずCTやMRIに異常がなければ、すぐに生命に影響のあるめまいではありません。翌日すこし落ち着いてから、かかりつけの耳鼻咽喉科医を受診してください。

丁寧な問診、めまいの検査、画像検査を経て、「頭位性めまい」の診断が下されます。

あとは、あなたの主治医の先生の治療方針に従って、きちんと治療してもらうと良いのです。

ぐるぐる回るめまいがする…
(イメージです)

院長 定永正之

定永正之(さだながまさゆき)
耳鼻咽喉科医師・耳鼻咽喉科専門医

先代から50年、宮崎県宮崎市で耳鼻咽喉科診療所を開業。一般外来診療から手術治療まで幅広く耳鼻咽喉科疾患に対応しています。1990年宮崎医科大学卒。「治す治療」をコンセプトに日々患者様と向き合っています。土曜日の午後も18時まで外来診療を行っていますので、急患にも対応可能です。
https://www.sadanaga.jp/

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